第二章 シアの提案(3)
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「洗い物終わったわ。次は洗濯だけど……ルチルさんはそっちも手伝ってくださるんですか?」
「はい、もちろんです」
「ほんとありがたいわ。じゃあ食べ終わったら、行きましょうか」
あたしとシアは、蜜漬けを急いで食べ終えてお茶を飲み干した。食器を厨房に片づけてから、義姉さんと連れ立ってまず住居部分の居間に行く。居間の棚から陶器の入れ物を出して、中の日焼け止めを塗る。この季節、外での作業には必須だ。
日焼け止めのにおいを嗅いだシアが、口を開いた。
「これ、うちの里で作ってる物と同じよね?」
「そ、そうだよ。クラディムに帰ってくる時に、レティ母様とヨルダ父様が色々な薬の作り方をまとめた冊子をくれたんだけど、それに載ってたの。材料費の割に効果が高いから、頼まれて売ったりもしてるよ。大々的に宣伝してるわけじゃなくて、口伝で知った人にだけだけど」
「そうなの。そういうお金の稼ぎ方もあるのね」
「リューリアの日焼け止め、人気あるんですよ。でもこの子ったら、最初は材料費だけ貰って利益が出ない値段で売ろうとしてたんです。あたしが止めて、きちんと利益が出る値段で売るようにさせましたけど。作る手間の分はちゃんとお金を貰わないといけませんからね」
「そうですね。お金は大事です」
「それに、あまり安価で質のいい日焼け止めを売ると、日焼け止めを売っている店が困ることになりますからね。法外に高く売っている悪質な店ならともかく、良心的な値段で販売している店を困らせるのは、商売人の仁義にもとりますから」
「ああ、そういう問題もありますね」
喋りながら帽子もかぶって、洗濯物がまとめて置いてある納戸に向かう。
途中で、掃除が終わって暇そうにしているラピスと会う。
「やることないんなら、カビ除けの薬草の束回収しておいて。まだ途中になってたから」
そう言いつけると、ラピスは不服そうな顔になった。
「えー、俺がー?」
「あんた暇でしょ。あたしたちはこれから洗濯なの。お願いね。それが終わったら、魔術の訓練でもしてなさい」
「ちぇー」
しぶしぶながらも仕事に向かったラピスを見送って、納戸にたどり着く。
納戸から、洗濯物の山が入った大きな籠を二つ――片方は家族の分で、もう片方は宿泊客から引き受けた分だ――と、大きなタライを三つ引っ張り出す。結構洗濯物が多いし、タライの数もいつもより多いけど、シアと分けて運べば一度で済む。
「いやー、魔術師が二人もいると便利ねえ」
あたしとシアが風魔法で荷物を運ぶのを見ながら、義姉さんが感心したように言った。
「お役に立てて嬉しいです」
シアが微笑んで返す。
庭に置いてある水瓶の所まで荷物を運ぶと、タライを地面に置いて、洗濯物をいくつかの山に分けて、これも地面に置く。
三人それぞれ受け持つタライを決めて、水魔法で水瓶からタライに水を移して、洗剤を水に溶かす。ちなみにこの洗剤の作り方も、レティ母様とヨルダ父様のくれた冊子に載っていた。一部の人に売っているのも同じ。
それはともかく、洗剤が全て水に溶けてしまったら、洗濯物の山を一つずつタライに入れる。そしてしばらくの間、高速でぐるぐる回す。その間は手持ち無沙汰なので、お喋りに花を咲かせる。
あたしと義姉さんで、シアに、食堂の常連さんの情報を教えてあげた。外見や性格、食べ物の好みなんか色々。扱いが難しいお客さんの情報は一番大事。シアが給仕する時に役立つはずだ。
その間、父さんは、貯蔵庫の食材を確認して、明後日の朝商人たちに出す注文の内容を決めたり、今晩使う食材を貯蔵庫から運び出したりしている。兄さんは井戸まで水くみに行っている。
「そろそろすすぎに移りましょうか」
義姉さんが、自分の担当するタライから汚れた水を浮かせて地面に落とす。あたしとシアも、それに倣った。次いで、水瓶からきれいな水をまたタライに移して、再び高速でぐるぐる回す。その間はまたお喋りだ。
しばらく喋って、話題が途切れたところで、シアが、そういえば、と言った。
「朝から思っていたのだけれど、ルリのそのブラウスすてきね。髪も、涼しげで夏らしいわ。似合ってる」
「え、えへへ、そう? ありがと」
あたしは花の刺繍があちこちに入った白いブラウスを見下ろした。白い服は汚れると目立つから、仕事の日は基本的に着ないんだけど、今日は特別。あたしの褐色の肌を引き立ててくれるかな、って思ったんだ。
肩までの黒い巻毛も、いつもは下ろしてるけど、今日は後頭部で結い上げている。
シアに見られるんだからちょっとでもおしゃれしたくて、でもいかにも気合い入れておしゃれしてますって感じにはしたくなくて、さりげなく見えるようにがんばった。シアが気づいてくれて、すっごく嬉しい。
「そういえばそうね。リューリア、今日はちょっとおしゃれだわ。誰か見せたい人がいたのかしら?」
義姉さんがにやにや笑いながら言った。シアを意識してるのがバレてるみたいで、なんか恥ずかしい。
「別に……ちょっとそういう気分だっただけだから!」
あたしは義姉さんから顔を背けて逆側を見た。そうするとシアと目が合って、慌ててそらす。
あー、もう、こんなことばっかりやってたら、シアに誤解されちゃいそう。でも、やっぱりまだシアの顔見るのは難しいんだよなあ。
あたしが悶々としていると、義姉さんがシアに話しかけた。
「ルチルさんも、その紫のシャツ似合ってますよ。目の色が引き立って、一層綺麗だわ」
あ、それ、あたしが言いたかったなあ。……なんて思いながら、シアを盗み見る。今日のシアは、紫のかっちりしたシャツに、足首まである薄茶のスカートを着ている。お忍びのお嬢様みたいだ。
「ありがとうございます」
シアは微笑んで義姉さんに礼を言う。その言い方が気負ってなくて、そういうところも、いい家のお嬢様みたいに見える一因じゃないかと思う。本物のいい家のお嬢様に会ったことないから、何となくだけど。
そこで、庭の奥の方から、ゴロゴロという音が聞こえてきた。荷車の音だ。
「よ、お疲れ様。水くんできたぞ」
荷車を止めた兄さんが、荷車の荷台に並んだ桶から、残り少ない水瓶に水を足していく。厩にある水瓶も補充する。残りの水は、中に持っていって、台所や食堂の厨房の水瓶に入れる。最後の水を運び終えた兄さんは、ラピスを連れて建物の中から出てきた。
ラピスがシアに駆け寄る。
「ルチルさん! 俺今から父ちゃんと馬の世話するんだぜ! 一緒にする?」
ラピスは、期待を顔いっぱいに浮かべてシアを見上げている。
「ごめんね、ラピスくん。わたしは今洗濯の途中だから。馬の世話は、今度機会があったらね」
シアの返答に、ラピスは残念そうな顔になったけど、おとなしく手を振った。
「そっかー。じゃあまた後でな、ルチルさん!」
「ええ。ラピスくんも、お仕事がんばってね」
ラピスに手を振り返して、荷車を引いていく兄さんとラピスを見送ってから、シアはあたしと義姉さんを見た。
「すすぎもそろそろいいんじゃありませんか?」
「あ、そうね。じゃあ、乾かしましょうか」
タライの中の水をまた地面に捨てる。残った洗濯物をタライから取り出して、水分を飛ばして籠の中に入れていく。シーツ類やタオルは太陽に当てるために、物干し竿に干す。
それから、洗濯物の入った籠とタライを持って家の中に戻る。タライは納戸に戻して、洗濯物はたたんでしまっていく。これで洗濯は終了だ。
「それじゃあ次は……宿屋の受付しつつ針仕事しようと思うんですけど、ルチルさんもそれでいいですか?」
「はい。構いません」
「それじゃお願いしますね」
居間の棚から、裁縫道具と繕いが必要な服や布地なんかを取り出す。三人で分担して持って、宿屋の受付机の所に行く。椅子は一つしかないから、食堂から椅子を二脚持ってくる。
そして三人で縫い物を始めた。口は暇だから、針を動かしながら、またお喋りする。常連さんネタもそろそろ尽きてきたので、ご近所さんの話とか、最近できた店の話とか、他愛もない内容が多い。
なんかこうやってお喋りしてるうちに、結構シアと話すのも慣れてきたかも。まだ顔を見ると緊張しちゃうけど、お喋りだけなら結構くつろいでやれてる。
それが嬉しくて、思わずにこにこしてしまう。そう、シアとこういう他愛ないお喋りがしたかったんだ。
「リューリア、何だかご機嫌ね」
「そんなことないよ。普通だよ」
「そう? ルチルさんと一緒にいられるのが嬉しいのかと思ったわ」
「ちょっと、義姉さんってば!」
熱くなる頬を感じながら、ちらっとシアを見ると、シアも頬をほんのりと染めて微笑んだ。シアも照れてくれてるのかな。何だか嬉しい。
「そうだったら嬉しいわ。わたしは、ルリと一緒にいられるの、幸せだから」
シアの殺し文句に、耳まで熱くなってしまった。シアってば、すぐ心臓に悪いこと言うんだから。……でも、嬉しかったけど。
「う、うん。……あたしも」
口の中でもごもごとつぶやいて、針を動かすのに集中しているふりをする。
「本当に仲良しねえ」
義姉さんはくすくす笑いながら言った後、話題を変えてくれた。
そうやって過ごしていると、あっという間に夕方の営業開始時間が近づいてくる。裁縫用品と服や布地を片づけて、干していたシーツなんかを回収して片づけて、賄いを食べたら、すぐに食堂を開ける。
常連さんに交じって、見慣れない顔も結構ある。シアのことがもう噂になってるんだろうか。
またちょっともやもやしてしまうけど、なるべく考えないようにして、仕事に集中した。
夜は酒を飲むお客がほとんどだから、酔っ払いが多くて、からまれることもある。シアはただでさえ注目集めてるんだから危ないな、って思っていたら、さっそくつかまった。
「美人の姉ちゃん、ここに座ってお酌してくれよ」
「ちょっと、うちはそういう店じゃないんですよ。美人にお酌してほしいなら、娼館に行ってくださいな」
義姉さんが口を挟んで、ばしっと言ってくれる。本当に頼りになる。
「そういうわけだから、すみませんね」
シアは微笑んでそう言って、別のテーブルに注文を取りに行った。義姉さんに叱られた客はそこまで酔ってはいなかったみたいで、残念そうな顔をしつつも、それ以上シアにちょっかいかけようとはしなかった。
そのことにほっとしながら、新しく入ってきたお客に「いらっしゃいませー」と声をかける。
「あ、シュティエルさん。昨日は、義姉さんがお世話になったそうで、ありがとうございます。お礼に、今晩の食事は大盛りにさせてもらいますね」
「そりゃありがてえね。よろしく頼むわ」
シュティエルさんと旦那さんのアリワットさんから注文を聞いて、厨房の父さんに、シュティエルさんの頼んだ方を「大盛りで」と伝えてから、また別のお客さんの注文を取りに行く。
そうやって忙しくしているうちに、夜の営業時間も終わりを迎える。
最後の客を見送ったら、シアと分担して掃除をした。夜の営業時間が終わった後は、椅子を引っくり返してテーブルに乗せてから掃除をするので、ちょっと時間がかかる。
「これで今日の仕事は終わり。シア、手伝ってくれてありがとう」
「どういたしまして。明日もよろしくね」
「あ、明日は食堂が休みの日だから、そんなには仕事ないよ」
「そうなの?」
「うん。のんびりできるよ。どっか出かけてもいいかも」
「それもいいわね」
「シアは行きたい所ないの?」
「そうね……神殿に行きたいわ。まだこの町の神殿で祈りを捧げていないから。あとは特にないかしら。あ、でも、ルリが普段行っている所とか知りたいわ」
「そっか。じゃあ、おすすめの店いくつか考えておくね」
言ってから、あたしは、あ、と声を上げた。
「そうだ。シア、明日の朝食はどうする? うちの食堂が休みだから、泊まってるお客さんには外で食べてもらうことになってるけど……うちの家族と一緒に食べる?」
「あまりご迷惑はかけたくないし、外で食べることにするわ」
「じゃ、じゃあさ、あたしもそうするから、一緒に食べない? おいしいお店紹介するよ。……あ、ラピスも一緒になるけど……」
「ああ、ラピスくん、無属性だものね」
「うん。だから、外出する時は連れていかないと。……三人でもいい?」
「構わないわ。ルリのおすすめのお店、楽しみにしてるわね」
「うん!」
あたしは大きくうなずいた。
二人きりじゃないけど、シアとお出かけだ。何を食べようかな。何をしようかな。考えてるだけでわくわくしてくる。
家族そろって食事を取りたがる父さんには悪いけど、たまにはいいだろう。父さんとはいつでも一緒に食べられるんだから。
「じゃあ、えっと、待ち合わせは三の鐘でいい?」
「ええ、それで大丈夫よ。それじゃあ、おやすみなさい、ルリ」
「おやすみ、シア」
あたしはシアを見送ると、厨房に顔を出して、義姉さんに明日の朝食は外で食べるってことを伝えた。食堂が休みの日の食事は基本的に義姉さんとあたしの担当だ。朝、食事を作るのだけ手伝って、それから出かければいい。
連絡事項を伝え終えると、歯磨きをして、自室に向かう。疲れているけど足取りが心なしか軽くて、思わず鼻歌まで出ちゃう。
ふんふんふふーん、と歌いながら寝巻に着替えて窓を閉めて、寝台に入る。でも、明日のことが楽しみすぎて、結局眠りに落ちたのは、二時間くらい経ってからだった。
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