第一章 再会(2)

フォロー、応援などありがとうございます!

ーーーーーーーーーーーーーーー




「ただいまー。荷物持つの手伝ってー」


「あ、母ちゃんだ!」


「はーい、今行くー」


 あたしはまだ口をつけていなかったミジュラを皿に戻してから、立ち上がった。


「ちょっと義姉さんの手伝いしてくるね。シアはここでお茶飲んでて。ラピスは一緒に来なさい」


「わかったわ」


「えー、俺もー?」


 文句を言うラピスの頭を小突いてから、あたしは宿屋の入口とは逆側にある私用の玄関に向かった。


「おかえりなさい、義姉さん」


 声をかけると、買い物籠の上に屈み込んでいた義姉さんが、首の後ろで結んだまっすぐな黒髪を払って体を伸ばした。


「ただいま。籠持ってってくれる?」


 あたしは、床に置かれている買い物籠を持ち上げた。


「うわ、結構重いね。これ持って帰ってくるの、大変だったでしょう」


「近くまで行く用事があるから、ってシュティエルさんが手伝ってくれたから、そうでもなかったわ。お礼にお茶でも出すから寄っていってください、って言ったんだけど、急ぐから、って行っちゃって」


 シュティエルさんは大工で、うちの食堂の常連だ。


「じゃあ、今度食堂に来た時にただで大盛りにしてあげようか」


「それがいいわね。あ、ラピス、あんたはこれ持って」


 義姉さんがラピスに渡した布包み以外の荷物は、あたしが風魔法で台所に運ぶ。


「あ、今お客さんが来てるんだ。あたしの幼なじみで、しばらくうちに泊まる予定なの。居間にいる」


「そうなの? それじゃ、ご挨拶しなきゃね」


 義姉さんは買い物籠から荷物を取り出していた手を止めて、居間に入っていった。


「こんにちは。あたしはセイーリン。リューリアの義姉で、ラピスの母です」


 シアが椅子から立ち上がる。


「ルチルカルツ・シアです。どうぞよろしく。ルチルって呼んでください」


 シアをしっかりと見た義姉さんが、焦げ茶色の目を丸くする。


「あらまあ。これはまたすっごい美少女ね。あなたみたいに綺麗な人初めて見ました」


「そうですか? ありがとうございます」


 シアは恥ずかしがったりせず笑顔で返した。こういう言葉聞くの慣れてるんだろうなあ。そう考えると、ちょっともやもやした。何だろう?


「買ってきた物片づけるから、ちょっと待っててくださいね」


「あ、お手伝いしましょうか」


「いいのいいの。お客さんは座っててくださいな」


 義姉さんに促されるままに、あたしとラピスは義姉さんが買ってきた物を棚や貯蔵庫にしまった。

 全てしまい終えると、義姉さんが、ふう、と、ぼっちゃりした手で象牙色の額に浮かんだ汗をぬぐう。


「そうそう、お茶は……出てるわね」


 居間をのぞいて確認した義姉さんが、満足そうにうなずく。


「義姉さんも座って休んで。今お茶淹れるから」


「ありがと。そうさせてもらうわ」


 義姉さんは居間に行くと、ふくらんでいるおなかを押さえながら椅子に座った。皿の上に一つだけ残っていたミジュラを取って食べ始める。


「それで、ルチルさんはリューリアの幼なじみなんですって?」


「うん、そう。あたしが育った里の出身なの」


 あたしは台所から持ってきたコップにティーポットからお茶を注ぎながら答えた。


「その里って結構遠いんじゃなかった?」


「普通に旅すると一月くらい、身体強化使っても半月はかかるかな」


「そんな遠くからわざわざリューリアに会いにいらしたんですか?」


 義姉さんの質問に、シアは手を振った。


「いえ、ルリに……リューリアに会うためだけに来たわけじゃないんです。一族の用事があって近くまで来たので、ちょうどいいから寄っていこうかな、って、一緒に旅していた人と別れて、わたしだけこの町に来たんです。もう何年もリューリアに会っていなくて、すごく顔が見たかったから」


「あ、あたしも!」


 あたしは思わず声を上げていた。シアと義姉さん、ラピスの視線が集まって、頬が熱くなるけど、そのまま続ける。


「あたしもすごくシアに会いたかった。来てくれて、本当に嬉しい」


 うまく話せなくて勘違いさせてしまってるかもしれないけど、シアと再会できたことは心から嬉しいんだ。そこを誤解してほしくない。


 シアの顔がふんわりとほころぶ。


「そう言ってくれるなら、やっぱり来て良かったわ」


 あたしの顔にも自然と笑みが浮かぶ。

 シアの紫の瞳を見つめると、吸い込まれそうな気がする。義姉さんとラピスもすぐそこにいるはずなのに、世界に二人しかいないみたいな気分になる。足元がふわふわして、夢を見ているみたいだ。


 でもそんな雰囲気を壊すように、声が聞こえた。


「おーい、みんないるか? 賄いできたぞ」


 廊下に続いている方の居間の入口から、兄さんが顔を出す。


「あれ、何だ、お客さんか?」


 黒い目をぱちぱちと瞬かせている兄さんにあたしはシアを紹介して、シアと兄さんが挨拶を交わす。兄さんは、顔を赤くしている。


「ちょっとー、フュリド、ルチルさんが美人だからってあんまりデレデレしないのよ」


 義姉さんが、からかうように兄さんに声をかける。


「わかってるよ。別にデレデレはしてないだろ。ちょっと緊張してるだけだ」


 義姉さんに答えてから、兄さんはシアを見た。


「ルチルさんも賄いで良ければ一緒に食いませんか? 親父にも紹介したいし」


 シアは微笑む。


「じゃあごちそうになります。わたしも、ルリ……リューリアのお父さんにお会いしたいですし」


 そういうわけで、食器を片づけて、全員連れ立ってぞろぞろと食堂に移動する。シアと義姉さん、ラピスは厨房のすぐ傍のテーブルに腰を下ろし、あたしと兄さんは食事を運びに厨房に入る。


「親父、一人前追加で頼む。リューリアの幼なじみって人が来てるから、一緒に食事することになった」


 かまどの前で鍋を見ていた父さんは、ちらりとこちらに視線を寄越すと無言でうなずき、褐色の無骨な手で棚から椀を一つ取って、小さい方の鍋の中身をよそい始めた。


 あたしと兄さんは、もうよそわれている椀を盆に乗せていく。今日の賄いは、野菜と肉のごった煮だ。


 あたしと兄さんがそれぞれ椀とスプーンを三組持って、兄さんは丸パンを六つ乗せた皿も持って、食堂に戻り、その後をティーポットとカップを六個持った父さんがついてくる。


 父さんにもシアを紹介して、シアと父さんが挨拶を交わす。


 それから、食事になった。

 皆が思い思いに食べ始める中、あたしとシアは片方の手の平を上に、もう片方の手の平を下に向け、手の甲を合わせた。シアはそのまま、目を閉じて祈りを捧げ始める。


「世界を作り、祝福で満たし、命を育んでくださりたもう神々よ。我、その偉大なる御業に感謝し、これら天の恵みと地の恵みを生きる糧といたします。これからも絶えることなく祝福をお授けくださりますよう願い奉ります。トゥッカーシャ」


 あたしとシア以外の全員が手を止めて、ぽかんとシアを見つめる。祈りを終えて目を開けたシアは、小首を傾げた。


「どうかしましたか?」


 はっと我に返った義姉さんが、慌てたように手を振る。


「あ、いえ、ちょっと驚いちゃっただけです」


「驚く……ですか?」


「ええ。そんな風にしっかり祈る人をあまり見ないので……あ、でも、そういえばリューリア、うちに戻ってきたばかりの時は、食前と食後に祈り唱えてたわよね。いつの間にかやらなくなっちゃったけど」


 義姉さんの言葉に、シアがあたしの方を見た。


「そうなの?」


「あー……みんなやらないのに、あたし一人だけやるのがなんか恥ずかしくってねー。手を重ねるだけの略式になっちゃった」


 シアは納得した顔になった。


「外の人で食前・食後の祈りを唱える人は、あまりいないものね」


「そ、そうなんだよね」


 シアの里からクラディムに戻ってきて驚いたことの一つが、里の外の人たちはあまり神々に祈らない、ということだった。


 シアはテーブルを見回す。


「驚かせてしまってすみません。普段なら、里の外では略式にするか、心の中で祈りの言葉を唱えるんですけれど、ルリ……リューリアのご家族はリューリアで慣れているから大丈夫だろう、って思い込んでしまったので、ついいつもどおりに祈ってしまいました」


「いやいや、気にしないでください。祈るのが悪いわけじゃないですから。ただちょっと慣れてないだけです」


 兄さんが頭をかきながら言う。シアは微笑んだ。


「わたしのせいで食事を中断させてしまいましたね。せっかくのお料理が冷めてしまう前に頂きましょう」


「あ、そうですね」


 皆が食事を再開する。あたしもスプーンを手に取った。


 食事中は、シアが旅の途中に通った町の話なんかを聞く。あたしとシアの呼び名の話も出た。


「お互いに特別な呼び名で呼ぶなんて、わかりやすく仲良しって感じでいいわねえ」


 義姉さんが微笑んで言った。


「あたしをルリって呼ぶ人は少ないけど、シアの場合は故郷の里に戻ればみんなシアって呼ぶんだよ。そんなに特別なものじゃないよ」


「でもここじゃ、お互いだけでしょ? 充分特別だと思うけど」


 そう……かな。そうだと何だか嬉しいな。思いながらちらりとシアを見ると、シアも微笑みながらこっちを見ていて、目が合った。頬が熱くなって視線をそらす。


 あーもう、シアと目が合うたびにどぎまぎしちゃうの、どうにかならないかなあ。


 そう考えながら椀の中身をかき込んでいると、食べ終わったらしいシアが口を開いた。


「とてもおいしかったです。ウルファンさんは腕のいい料理人だってルリ……リューリアが手紙に書いていましたけど、本当ですね」


 シアの言葉に、父さんがちょっとだけ頬を緩める。喜んでいる顔だ。


「それで、食事のお代ですけれど、今払った方がいいですか? それとも、次の宿代を払う時にまとめて払った方がいいんでしょうか」


「代金はいらん。これは賄い料理だ。金なんぞ貰えるもんじゃねえ」


 父さんがぶっきらぼうに言った。


「そうそう。リューリアの幼なじみってなら尚更ですよ。妹が小さい頃世話になったんでしょう? そのお礼と思って代金は取っておいてくださいよ」


 兄さんも加勢する。シアはちょっと考えてから、うなずいた。


「わかりました。では、ご好意に甘えておきます」


「それじゃ、俺たちはそろそろ開店準備にかからねえとな」


 兄さんが椀をパンの残りでぬぐって、それを口に放り込むと立ち上がる。父さんと義姉さん、あたしも同じく席を立った。

 兄さんと義姉さんが手早く空になった食器を盆に乗せて、厨房に持っていく。父さんも厨房に入っていった。


 シアも立ち上がった。


「それじゃあ、わたしは部屋に戻るわね。邪魔になっても悪いし」


「俺、ルチルさんともっとお喋りしたい!」


 まだ食事を続けているラピスが顔を上げて叫んだ。それが耳に入ったのか、義姉さんが厨房から顔を出す。


「わがまま言わないのよ、ラピス。ご迷惑でしょう」


「いえ、わたしは構いません。荷物をほどいたら、特にやることもありませんし」


 シアが微笑んで言った。


「そう? じゃあお願いしてもいいですか? 嫌になったら、もう出ていけ、って率直に言っていいですから」


「大丈夫ですよ。じゃあ、ラピスくん、食べ終わったら部屋に来てね」


「俺もう食べ終わった!」


 ラピスが空になった椀とスプーン、コップを持って立ち上がる。走って厨房に入る。


「こら! 厨房では走るな!」


 父さんの怒鳴り声がした。


「はーい。ごめんなさーい!」


 叱られてもこたえていなさそうなラピスが、食器を置いてまた走り出てくる。


「ルチルさん、部屋行こう!」


「ええ、そうしましょうか。それじゃあ、皆さん、お仕事がんばってください」


 シアとラピスは手をつないで食堂を出ていく。その背を見送って、義姉さんが首を傾げた。


「あの子、妙にルチルさんに懐いてるわねえ」


「そういえばそうだね」


 ラピスは人見知りしない子だけど、初対面の相手にここまで懐くことも滅多にない。


「あいつも男だからなあ。美人には目がないんじゃねえの?」


 兄さんが厨房から会話に入ってくる。


「男ったって、ラピスはまだ五歳じゃないの」


 義姉さんが反論する。


「いやいや、五歳にもなれば相手が美人かそうでないかくらいわかるだろ」


「そうかしら。自分が美人に弱いからって、息子もそうだと思ってない?」


「俺が美人に弱いのはまあ一目瞭然だな。うちの奥さんを見れば一発でわかることだし」


「まったく、口がうまいんだから」


 兄さん夫婦の通常会話を聞き流しながら、あたしはシアとラピスが去った方を見ていた。


 あたしも、もうちょっとシアとお喋りしたかったな。……もっとも、機会があったらあったで、緊張してうまく喋れなさそうだけど、でも、もっと一緒にいたかった……。


 がっかりした気持ちを振り払うように、頭を振る。

 まだこれからがあるよね。シアはしばらくクラディムにいるって言ってるんだし。だから次の機会には、あんまり緊張せずシアと話せるようにしておかないと。


 ていっても、何をどうすれば緊張しなくなるのかは、わからないんだけど。とりあえず、心の準備をしておけばいいのかなあ。今日あんなに緊張しちゃったのは、再会が突然だったせいもありそうだし。


 シアが美人で緊張しちゃうのはどうにもならないけど……でも、見慣れれば今日ほどはどぎまぎしなくなるはず。


 うん、がんばるぞ。目標は、昔みたいにシアとすらすらお喋りできるようになること!


 あたしは一人うなずくと、食堂の開店準備に取りかかった。




ーーーーーーーーーーーーーーー

お読みくださりありがとうございます。応援やブクマ、評価、感想など頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る