第39話

 段ボール箱に爆弾を詰めているとはいえ、目立つところでの受け渡しはできない。また倉庫か廃墟にでも向かうのかとサツキは推測したが、マルクが指定した場所は神社であった。

 全国的に有名な神社ではなく、近所の人間が参る神社である。きちんと掃除されており、田舎の放置された無人の神社とは違う。


「マルクさん、こんなところで大丈夫ですか?」


 神社の駐車場には車が数台見受けられた。

 何も神社でなくともいいのに。

 サツキはこの場所を選択したマルクを不思議に思った。


「来たか。おい、運べ」


 到着して数分後、サツキたちの周辺に車が六台停車した。

 車から出てきた六人はサラリーマン風の男たち。

 サツキは段ボール箱を取り出して、一人一人に手渡ししていく。

 その間、マルクは男たちに声をかけることはなく助手席に座っていた。


 六人に配り終えると、六台がすぐにその場から消えた。

 本当に渡しただけで終わってしまい、淡々としているなと温度の冷たさを感じる。


「行くぞ」


 マルクは車から降りて、ドアを閉める。

 どこへ行くのか分からないが、マルクに従う。

 砂利の上を歩きながらサツキはマルクの隣に並ぶ。


「なんだか、あっさりした関係なんですね。マルクさんから彼等に一言あるのかと思いました」

「必要なやり取りはしているからな」


 実際に潜入班を見たのは初めてだったが、強面や異様な雰囲気を纏った人間ではなく、一般人にしか見えなかった。街中ですれ違っても全く気づけないだろう。


「ところで、どこへ行くんですか?」

「あ?神社」


 鳥居の前で一礼し、くぐりぬける。

 サツキは隣で一礼したマルクに驚愕し、ちらちらと顔を盗み見ていた。


「何だ」

「一礼するとは思いませんでした」

「あ?常識だろ」


 殺人者が頭を下げて鳥居をくぐる奇妙な光景。その上、常識であると言われた。

 信じられないものを見るかのような目でマルクを凝視する。


「一般人に溶け込めない奴は刑務所行きが確定だぜ」

「全力で逃げれば捕まらないかもしれませんよ」

「そう言って逃げた奴等は全員捕まったがな」


 前例があったようだ。

 神社ですることといえば、神頼みだ。小銭があったかと財布の中身を見ると、一円玉が三枚のみ。

 賽銭がないよりはマシかと思い、三円を掌に乗せるが、マルクはふらりと方向を変えてすたすたと先を行く。

 目の前では参拝客が手を叩き、神頼みをしている。その後ろに並ぼうとしていたが、マルクはその参拝客のずっと左にある授与所で立ち止まり、巫女と話をしている。

 サツキは小走りで巫女の元へ行き、二人の会話に耳を傾ける。


「こちらが例のものです」


 巫女がマルクに差し出したのは、小さな黒い箱だ。指輪か耳飾りでも入っていそうな箱だが、マルクが開けるとそこにはUSB。

 情報部にでも渡すのか。それにしても、これくらいの仕事なら態々マルクが出向かなくとも情報部がやればいいのに。暗殺者は陰で動くのが基本なのだから、太陽の下を歩ける情報部が率先してやるべきだ。

 マルクが情報部の足にされているようで、サツキはむっとする。

 そもそも、マルクだって断ればいいのに。

 マルクは運転手を犬だと言っているし、サツキもその自覚はある。あるからこそ、飼い主が足にされていてもやもやする。


 箱を受け取ると、もう用はないようで巫女に何も告げることなく境内を抜けた。

 サツキの顔に、気に入らないと書いてあるのを察し、マルクは笑う。


「何だ、言いたいことでもあるのか」

「神社に来たのはUSBを受け取るためだけですか?」

「爆弾を渡しただろ」

「…USBを受け取るだけなら、情報部の仕事では?」

「ハハ、怒ってんのか」

「情報部に使われているようで、あまり良い気はしません」


 眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げるサツキを笑いながらマルクは答える。


「仕事じゃねえからな」

「そのUSBですか?」

「あぁ、俺の私用だ」

「私用…。もしかしてあの神社は会社ではなくマルクさんの取引先ですか?」

「うちの取引先でもあるが、最初に息をかけたのは俺だ。仲介してやったんだよ」

「神社って神を奉っているんですよね。神に仕える者が悪さをしているんですか」

「世の中そんなもんだろ。警察官が犯罪に走ることも珍しくねえし」

「何も信用できませんね」


 私用、というのが気になるが聞かない方がいいだろう。

 仕事ならともかく、プライベートに土足で踏み込むのは誰だって嫌がるはずだ。

 むず、と聞きたい欲が込み上がってくるのを抑える。


「私用が上手くいけば、お駄賃でもくれてやる」

「えっ、いいんですか?」

「俺たちは苦難を共にする相棒だろ」

「………はい」


 相棒ではなく、犬だと思っているのでは。

 そう言いたいが、言ってしまうとすぐに犬扱いをするに違いない。

 爽やかな胡散臭い笑顔を浮かべているマルクに、余計なことは言わない方がいいと直感した。

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