第40話
「準備はいいか」
サツキの愛車を背もたれにし、電話をかけるマルク。
目下にある集団の拠点を見下ろすが、サツキは愛車のボディが気になるので愛車を触る。
拠点が山奥にあるため、細い山道を走ったせいで、車に小さな傷が所々ついている。
伸びたまま放置されている枝や道路に転がる小さな石が愛車を傷つけたのだ。
目立つ程ではないが、砂もついているのでどうしても気になってしまう。
これが終わったら洗車して、それでも傷が目立つようであれば修理に出そう。ホームセンターで必要なものを買い揃えて自分で直してもいいが、プロの方が綺麗にしてくれる。それに経費が使えるので、自分でやるより断然いい。
「やれ」
サツキがしゃがみこんで細かい部分まで見ていると、マルクのその言葉の後に多数の爆発音が聞こえ、地響きすら感じた。
愛車を二の次にして拠点を見下ろす。
「炎と煙だらけですね」
「巣から蟻が出て来たな」
「本当に蟻みたい」
黒い小さなものが建物から這い出てくる。
夕方のこの時間帯が、一日の中で一番拠点に人が集まると潜入班から情報があったので、マルクはこの時間を選んだ。
見落としのないよう、包囲している仲間が撃ち殺す。
離れているところから頭を狙って殺すなんて神技がよくできるなと、サツキは拍手を送りたい。
マルクは参加するつもりがないようで、這い出ては撃たれ、這い出ては撃たれが繰り返されるのを見てけらけらと指をさして笑っている。
「今のマルクさん、悪魔みたいです」
「誉め言葉か?」
「当然です」
「見ろよ、折角生きて出て来たのに殺される奴等。笑えるだろ」
「ある意味蟻地獄ですね」
可哀想に。
「残党の始末はどうするのですか?」
「居場所は特定してあるから、下っ端が追いかけまわしているだろうよ」
「結構な数を駆り出すことになりましたね」
三百六十度を包囲し、出てくる蟻を撃ちまくる人数と、残党を始末する人数。
ほやほやの新人まで駆り出しているのではないか。
爆発音と銃声がとめどなく聞こえる。きっと現場は阿鼻叫喚だろう。
国外で大人しくしていればいいものを、国内に侵入し派手に暴れた末路がこれだ。
うちは規模が大きい。小さな組織や集団なんてちょちょいと退治できてしまう。
「おい、逃げた蟻を追うぞ」
ケータイを片手に持ち、マルクはサツキに車を出すように言う。
ここから脱走できた蟻がいたとは驚きだ。
すぐにその場を離れ、ケータイを耳に当てるマルクの指示に従う。
情報部と連絡を取り合っているようで、行先を細かく教えてくれる。
マルクを介さずとも直接自分が情報部と連絡をとればいいのでは、それかスピーカーでいいのでは。そう思うが、きっと何か意味があるのだろう。
マルクがケータイを耳から外し、横にしてダッシュボードの真ん中に立てかける。
一瞬だけ視線を前から外し、画面を見ると地図の上に赤い光が一つ。
「赤い丸を追え」
「はい。発信機でも付けていたんですか?」
「そんなわけないだろ、うちの情報部は優秀なんだ」
赤い光の動きが早い。法定速度を無視しているようだ。
ちょこまかと動く赤い光はいつまでたっても捕まえられない。
このままのんびり走り続けていては追いつけない。
サツキはラジオをつけて、付近で渋滞や事故がないか確認する。
もう日が完全に沈む。このまま夜のドライブに持ち込めたらラッキーだ。日の下よりも日が隠れている方が目立たず動きやすい。
「東に向かっているな。あっちは確か、ずっと行けば橋があったな」
「渡るとは限りませんが、そこを目指して行ってみます」
「あぁ」
大通りを走ると時間がかかる。近道をするため、住宅地に入る。
入り組んでいるが信号がなく、道はそこまで細くない。
「ここからどのくらいで行けるか」
「近道をして四十分です」
「長いな。もっと短縮しろ」
無茶言うな。
まだ夜ではない。警察に見つかると厄介なのだから、スピードは出せない。
それでも仕方ないので、アクセルを強く踏む。
「人間が邪魔だな。目撃されると面倒だ」
「まだ明るいので、派手にはできませんが…」
念のためナンバープレートは偽造しているし、この車は明日にでも修理に出そうと思っている。
本音を言うと、多少派手にやらかしても構わない。
窓ガラスには目隠し用のシェードを取り付けているので、外から顔を見られる心配もない。
念には念を、と装備は完璧だ。
仮に追手があっても撒ける技術と装備がある。
しかし、派手にやってもいいとは言いたくない。大人しく事を片付けてくれた方が楽だからだ。
「蟻が乗っている車の後ろにつけろ。その時に対処法を考える」
対処法と言っても、どうせ撃ち殺して終わりだろうに。
付近で渋滞も事故もないことをラジオで確認し、ほんの少しスピードを上げた。
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