第37話

 二日間の休息を終えると、サツキはまた多忙な日をスタートさせた。

 サツキが休んだ二日間、マルクは帰ってこなかった。休みが終わった途端呼び出され、自宅から三十分車を走らせて迎えに行った。

 愛車は綺麗に直って戻って来たので、艶々な車体を見せびらかすように街を走った。


「お休みを二日も頂いて、申し訳ありませんでした」

「その分働け」

「はい。それで、その間の運転手はどうされたのですか?」


 ゲンダに会うため、ラボへの道のりの中、サツキはずっと気になっていたことを聞く。


「一人付けたが、使えねえから俺がやった」


 なんと、マルクが自分で運転をしていた。

 運転ができないとは思っていなかったが、運転技術が気になるところだ。もしもサツキと同等であるならばサツキの存在意義がない。もっと努力しよう。


「その、一人というのはどなたですか?」

「あ?気になるか?」

「はい、とても」


 少しの間とはいえ、サツキの代わりをした人物。どんな人か気になる。


「ただのサブだ。殺しちまったから会うつもりなら無駄だ」

「会うつもりはありませんでした。何故殺したか伺っても?」

「びくついていて腹が立ったから殺した」

「その方の仕事はどうでしたか?」

「休みの間に詮索癖でもついたのか?」

「同業の運転技術を知る機会がないもので、気になります」


 嘘ではないが、自分の代わりの人間がどんな技術を持っていたのか、それがとても気になる。

 腹が立って殺した、というのは運転技術が関係しているのか、ただマルクの機嫌を損ねただけか。


「信号無視」

「えっ」

「車をガードレールにぶつけた」

「あ…」


 技術が稚拙だったのか、マルクに怯えていたからか。

 どちらにせよ、その程度の人間なら殺されても当然だ。

 サツキは自分より技術のある人間でないことを知って、口角が上がりそうになるのを抑える。

 結果的に殺されたのだから、自分を脅かすものではないし専属を奪われる心配もない。


「安心したか?」

「えっ」

「この二日間、どんな思いで家にいたんだ?」


 意地の悪い笑みを浮かべているのが容易に想像できる。

 「なんのことでしょうか」ととぼけるが、「良かったな」と意味深に言われ、顔が赤くなる。部屋に監視カメラでもあったのか。すべて見透かされているようだ。恥ずかしい。


「そろそろラボに着きます」

「あ?んなこと知ってるわ。話を逸らす程恥ずかしかったか?悪いな、羞恥心を煽って」


 けらけらと笑うマルクに、サツキは一層顔が熱くなるのを感じる。

 ぷるぷると唇が震えるので、きゅっと結ぶ。

 必死に縋りつく思いでパソコンにかじりついていた自分を、本当はどこかで見たのではないか。今マルクはどの運転手といるのか、メインか、サブか、女か、男か、技術はどの程度の人間なのか、そんなことを悶々と考えては掻き消していたあの姿を、笑いながら見ていたのではないか。

 有り得ないことではない。やりそうな男だ。

 図星を突かれてひねくれたことを考えてしまうが、この忙しい中マルクにそんな時間はないだろう。そこまで暇ではない。

 サツキが分かりやすいだけである。


「はー、笑った笑った」

「それで、ゲンダさんにはどのような用件ですか?今回も私一人で行くんですか?」

「いや、俺も行く」


 俺も、ということは同行しろということだ。


「また新薬ですか?」

「今度はガス爆弾だ」

「爆弾?」

「例の集団を潰すには拠点をぶっ飛ばした方が早いだろ。どうせそこに人間もいるから、システム共々木っ端微塵だ」

「拠点外にいる人間は、ちまちま狩るということですか」

「あぁ。爆発から逃れる奴等は拠点を包囲しているうちの下っ端が狙撃する」

「なるほど。爆弾は薬品班の担当になるんですね」

「あくまでもガスがメインだからな。その爆弾を今から受取りに行く」


 ガス爆弾と言われても、ふんわりとした想像しかできないのでゲンダの話を聞かないとサツキには分からない。

 切り捨てられないよう、知識はたくさん蓄えねばならない。

 やるぞ、と意気込んで坂道を登る。


「あ、それと、それ外せ」

「それとは?」

「カラコン」


 脈絡なく、カラコンを外せと言われ戸惑う。


「何故でしょうか」

「嫌いだからだ。早く外せ。自分でできねえなら俺がやる」

「ちょっ、できます」


 マルクが腕を伸ばしてきたので、思わず身を捩る。

 両目につけているカラコンを渋々取るが、「嫌いだから」という理由で外せというのは身勝手すぎる。


「外しました。ちなみに、カラコンの色を変えたら外さなくても大丈夫ですか?」

「あ?裸眼でいろ」

「な、何故ですか」

「だから嫌いだって言っただろ。その耳は飾りか?」


 正直、カラコンをつけているのは自分の目がコンプレックスだからだ。決してお洒落を目的としてつけているわけではないし、視力が悪いからでもない。

 黒目が小さすぎて、殺し屋のような目になってしまう。所謂三白眼だ。幼い頃これが原因で嫌がらせや変なあだ名をつけられたりと、良い思い出がない。それが尾を引き、カラコンをつけないと安心できなくなった。


「その、カラコンがないと落ち着かないのですが」

「慣れろ」


 決して許してはくれない。

 カラコンすら飼い主の言いなりだ。犬は自由がない。

 学生時代のことをいつまでも引きずっていても仕方ないので、考え様によっては前向きになれる。

 ミラーでちらっと自分の顔を見るが、やはり気になる。客観的に見て、印象に残る顔だ。仕事柄、顔を覚えられたくない。しかしマルクの意志に逆らうことはできない。

 言われた通り、慣れるしかないのだ。

 もし慣れたら、カラコンの出費が抑えられるし、着用の手間が省けるし、メリットはある。そう前向きに考えるしかなかった。

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