第36話

 サツキが寝ている間、マルクは別の仕事をしていた。

 例の集団壊滅のため下っ端は駆り出され、他の幹部は遠征でエリア内にいない。さほど重要な仕事ではないが、しくじると面倒なことになる。新人にやらせるよりは幹部が行う方がいいと判断した。


 サツキではない運転手により、新聞記者が住む一軒家へ向かっている。

 知りすぎた記者は、内容を世に出してはいないが、知ってしまった以上野放しにはできない。妻子のいる家であるが、見られたら殺せばいいだけだ。

 目標はただ一人、記者のみ。


 幹部とはいえ、仕事内容は下っ端と変わらない。

 統率、主軸、そのくらいが加わっただけ。権限があるので好き勝手できるのは美味しいが、休みはない。

 忠誠心はないが、会社を抜けるつもりもない。

 この生活に嫌気がさしているわけではない。


 静まり返っている車内では、運転をしている女がミラー越しにちらちらとマルクを盗み見る。その視線に気づかないはずもなく、鬱陶しくなったところで「何だ」とマルクから声をかけた。


「な、なんでもありません」

「あ?」


 不機嫌の色を隠すことなく殺気を飛ばすと、女はハンドルを強く握りしめた。

 微かに震えている。

 それがまたマルクを苛立たせる。


「言ってみろ」


 サツキであったなら、度胸があるのかないのか、本当のことを言う。

 言え、と凄んだが女は口を開かない。


「聞こえねえのか?」


 女は震え、前を見ているようだが赤信号を通過した。

 車の通りは少なくパトカーがいないとはいえ、ただの送迎で法を無視するのは頂けない。急いでいない、敵と対峙しているわけでもない。

 マルクが飛ばす殺気に気をとられ、前がきちんと見えていない。そのことをマルクは知っているが、これくらいで自分の仕事が集中できなくなるとは、使えないと舌打ちをする。


「そ、その…」

「あ?」


 顔面蒼白になりながら、息が上がっている。

 そろそろ泣き出すのではないかと思う程だ。


「う、噂で…」


 かちかちと歯があたり、その先を言えずにいる。

 噂、と聞いて察した。

 自分について出回っている噂は良くないものばかりだ。間違っていないので訂正する気もないし、こそこそ噂している人間をどうこうしようとも思わない。

 他人がどう思おうとどうでもいいし、自分の噂に興味はない。

 マルクに関する悪い噂を聞き、怯えながら同行しているのだろう。

 よくあることだ。この女に限ったことではないので、拍子抜けする。


 未だにかちかちと歯を鳴らし、震える女。

 もう記者の家に着いてもいい頃だと思うが、なかなか着かない。

 道を間違えているのではないのだろうな、とミラー越しに睨みつけると、目が合った。

 その瞬間、女は「ひぃっ」と声を出し、マルクの視線に捕まったまま、逸らすことができなかった。


「おい」


 前を見ていなかった女はマルクの声で漸く前を向くが、ドンという大きな音と共に車に衝撃が走った。


「きゃっ」


 突然の衝撃で女は声を上げる。

 幸いガードレールにぶつかっただけで、車に凹みが出来たくらいで済んだ。

 車を停車させ、女が車の傷を確認し、大きく震えながら運転席に戻る。


「も、申し訳ありま…」


 すべてを言い終わる前に、女は頭に違和感を残し、力が抜けて倒れ込んだ。

 マルクは構えていた拳銃を懐に仕舞い、座席を下りて運転席のドアを開けた。

 息絶えた女の体を助手席に放り、シートを動かして運転しやすいよう調節し、目的地に向かった。


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