第35話

 サツキは愕然とした。

 目が覚め、ケータイを確認するとマルクから二日しか休みはやらないとのメールがきていたことに加え、ほぼ一日寝ていたからだ。

 就寝時間は定かではないが、朝の二時は確実に過ぎていた。恐らく三時か四時あたりに眠りについたのだろう。そして現在、夜中の十一時。人間、こんなにも寝られるものなのか。

 わなわなと震えながら受信箱を確認するが、他にメールは届いていない。リビングやキッチンなど、マルクを探したが、出掛けているようで靴がなかった。

 忙しいに決まっている。その忙しい中、マルクが最大級の優しさで休暇をくれた。しかしこの休暇が、死刑宣告に思えて仕方ない。


「ど、どうしよう」


 使えない奴だと思われ、見捨てられたのではないか。いや、そうだとしたら二日の休みなんてくれないはずだが、この二日でサツキの降格先を決めるのかもしれない。

 昨夜、寝る前にマルクと会話をしたことは覚えているが、何を話したのか記憶にない。あってはならない失態だ。酒を浴びる程飲んだわけでもないのにこの体たらく。


 マルクに電話をかけようにも、二日休めと言われているので気が引ける。

 もし電話して「使えねえ上に電話までかけてくるんじゃねえ」などと怒られたらどうすればいい。

 いや、それよりも、マルクが仕事に行っているならば、運転手はどうしているのか。サツキの代わりがいるのか。そうであった場合、今後の専属はその人間になってしまうのか。

 泣きたい。

 殺しをやっているわけでもない、パワハラを受けているわけでもない。ただ運転するだけ、与えられる情報を覚えるだけ。それ以外何もしていないにも拘わらず、忙しい忙しいと言って空腹と睡眠不足を主張した。その自覚はある。言葉にしていなくとも、態度に出ていたような気がする。

 やってしまった。


「クソ!!」


 捨てられる、殺される、使えないと言われてしまう。

 どうにか挽回しなければ。

 指で顎を触り、できることを考える。

まずはマルクにメールで起きた旨を伝え、いつでも仕事ができる状態でいることをアピールした。

 呼ばれてもいないのに、しゃしゃり出ることはしない。

 今できることは家の中にいることだけ。

 リビングに行くとパソコンが一台、テーブルの上に放置されていた。

 ソファに座り、パソコンを起動させて、寝る前までやっていた情報の記憶を再開する。


 自分の価値を高めなければ、証明しなければ。ここに居場所はない。

 専属の交代なんて絶対に嫌だ。

 自分の方が有能なのだと、価値があるのだと示すことが今やるべきことだ。


「絶対に譲らない」


 専属の座は誰にも譲らない。

 メインの方が仕事量は少なく、専属よりも給料は低いが割の良い仕事だ。だが降格は嫌だ。一度専属に上がったのだから、この座は維持し続けたい。何としても死守してやる。

 もっと、もっと有能にならなければ。

 与えられた時間は二日間。そのうち一日は睡眠に費やした。残る一日でこの情報を全部脳みそに詰め込んでやる。

 恐らくだが、これがすべてではない。マルクが把握している情報の一部分に過ぎない。幹部が握っている情報は、こんなものではないだろう。

 試されていると考えた方がいい。この程度の量を、一体どのくらいの時間をかけて記憶できるのか。

 使えるか、使えないか、篩に掛けられている気がする。


 そんなことばかりをぐるぐると考えていると手が止まる。

 はっとして画面に集中する。

 余計なことは考えず、自分をメモリーカードだと思い込み、情報を自分の中に刻み込んでいった。

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