第33話

 夜になると高級マンションの駐車場からサツキとマルクは目的地に向かった。

 サツキの元上司が所属している会社の社長を始末するため、マルクが指示する場所へ法定速度を守りながら進んで行く。

 傷だらけの愛車はまだ返却されないので、普通車を運転しながら車線の広いところで停車させる。

 マルクだけが降車するのかと思いきや、サツキが降りるのを待っているのでマルクに同行する。

 ビルの屋上へ入ると、そよそよと風がサツキの髪を触り、数本が顔をくすぐる。

 車内に置いていたライフルを持ってマルクは目標のいるマンションの一室を確認する。


「あれか」


 双眼鏡をサツキに渡し、一室を見るように促す。


「いました。楽しんでいるようですね」


 カーテンも閉めず、赤い液体が入ったグラスを持ち笑っている。

 双眼鏡を返そうとマルクに差し出すが、「お前も死亡を確認しろよ」と受取りを拒否されたので仕方なく双眼鏡を覗き、社長を観察する。


「このまま撃ち込むんですか?」

「いや、目標が窓を開けてからだ」

「窓を開けないかもしれないですよ」

「殺人しか能がないんで、この後のことは考えてある」


 根に持っているようだ。


「おい、あんまり身を乗り出すなよ」

「気をつけます。あ、マルクさん。室内にもう一人いるみたいですよ」


 社長の他にもう一人、室内を歩いている男の後ろ姿が見えた。その男が振り返るとサツキの元上司の顔であったので、ぱちぱちと数回瞬きをして穴が開く程見るが、元上司だ。元上司がいる。


「お前の知り合いだろ」

「あ、知っているんですね」


 肉眼で見えるはずがない。事前に二人が部屋にいることをマルクは知っていたのだ。


「俺を誰だと思ってんだ殺すぞ」

「すみません」


 謝りながらも部屋から視線は外さない。

 この後のことを考えていると言っていたが、いつになったら始まるのか。

 マルクの「死亡を確認しろ」という言いつけを守るため、しっかり双眼鏡を握りしめて見逃さないよう屋上から顔を出しているサツキ。馬鹿が付くほど素直だなと、マルクは静かに笑った。


「そろそろだな」


 マルクは呟き、ポケットから取り出した小型機器のボタンを押した。

 ひゅー、と大きな口笛のような音が聞こえた次の瞬間、花火が弾けたことによって、視界にちかちかと光が入ってくる。

 花火が上がった方向はサツキたちから少し離れた場所。

 祭りでもやっているのかと気になったが目標から目を逸らすことはできない。

 すると、花火の音が聞こえた目標と元上司は部屋で顔を見合わせて何かを話した後、ベランダに出て来た。


「目標が出てきました」

「あぁ」


 夜空に弾ける光を求め、二人は明後日の方向へ体を向けている。


 カチャ、とサツキの横でマルクが構える。

 数秒後にはパシュッと空気が抜けるような音が聞こえ、視界に入れていた二人の内、一人が倒れた。目標の死亡を確認した。

 元上司は突然倒れた目標を気に掛けるよう、足を曲げてその場にしゃがもうと体勢を変えるが、足を曲げた瞬間にマルクが飛ばした弾によって目標の上に倒れた。


「…殺すのは目標だけでは?」

「ハハ、知り合いが死んで悲しいのか?」


 蔑んだように笑うマルク。


「元上司に毎日パワハラをされていたので、死んだところで悲しくはありません」

「なんだ、つまんねえな」

「あの時は凄く辛くて出勤するのが嫌でしたが、簡単に死んだ元上司を見て、あの頃泣いていた自分が馬鹿みたいだなと思います」


 呆気なく死んだ。

 毎日を耐えていたが限界を迎えたので転職し、今に至る。あの頃の自分は人がこうも簡単に殺されるとは思ってもいなかった。

 あの頃の自分は一体何だったのか。死体となった元上司を見て、虚無感が全身に広がった。


「帰るぞ」

「今日はもう終わりですか?」

「あ?あと三分の二が残ってんだろ」


 一瞬、何のことか理解できなかったが、家に帰ってパソコンで情報を記憶しろとの話だった。

 またあれをやるのかと想像するだけでゲッソリと顔に出てしまう。


「それと、次は割とでかい仕事になるから、しっかり頭に叩き込んどけ」

「はい」


 大きな仕事。

 今回は小さな仕事。

 気を引き締めなければ、死んでしまう。

 ゲッソリしている場合ではないな、と気持ちを切り替えて立ち去った。

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