第29話

 翌日、撮影したリチャードの動画を持ってゲンダに渡すと、死んだ魚の目に一ミリの光を宿して「参考にします」と言われた。

 嫌々薬を作っているわけではないのだな。マルクが言っていたのは正しかった。

 ゲンダに渡した後はマルクを乗せ、何度目かの死のドライブをしていた。


「死ね死ね死ね死ね死ね!」


 助手席で立ちながら、前を走る二台の車に乱射する。

 マルクが持っているのは車内に置いているライフルではなく、始めて見るタイプのものだった。詳しくないサツキにしてみれば銃はすべて同じである。違いは分からない。

 ただ、休む暇なく弾が出てくるので、恐らく命中率よりも多量に撃ち込むことを目的とした銃なのだと分析してみる。


「チッ、これ使えねえな。改良どころじゃねえゴミだ」


 持っていた銃を後部座席に投げ、車内に置いていたライフルを手に取る。


「ちょ、銃を投げないでください。誤射があったらどうするんですか」


 アドレナリンが出ているので、普段は言わないようなことをマルクに言ってしまう。


「あ?セーフティがあるだろ」

「知りませんよ。それよりも、早くどうにかしてください。フロントガラス撃たれまくってヒビが入ってるんですよ。運転しにくいです」

「お前、昨日あんだけ震えてたくせによく言うぜ」


 ぷるぷると兎のように震えていたサツキを思い出し、呆れる。

 大事な愛車にヒビが入り、傷ができ、最悪の気分であるサツキは一刻も早く修理に出したい。大破されるようなことはないと思うが、早く修理してもらいたい。

 愛車を傷つけられたことに加えドレナリンが出ていることで、思ったことがついつい口に出てしまう。

 前方を走る車に歯を食いしばりながら睨みをきかせる。


 そもそも、いつものように高い命中率で仕留めてくれればよかったものの、変な銃で乱発しまくったお陰で今の状況になっているのだ。

 サツキは大きく舌打ちをする。


「昨日、俺が殺気を飛ばしたからお前の頭おかしくなったのか?」


 ハハ、と笑いながらライフルを構え、窓から出ている頭を狙って撃ち込み、後方タイヤにも一発ずつ入れた。


「停車しますか?」

「いい、どうせ死んだ」


 スピードを落とし、車二台の中で死亡している人間を確認して回収班に連絡を入れる。

 今日は朝からたて続けに仕事だった。リチャードの映像をラボに持っていくところから始まり、マルクの会議に付き添い、その会議で始まったマルクと他部署の言い争いを止めに入り、そこからマルクの仕事があちこちであったため、走り続けていた。

 一日中働いたのは初めてかもしれない。

 腕時計を見れば深夜一時。起きたのは朝六時だった。そこからずっと働いている。残業手当は出ない。定時がないので残業などない。クソ。


「マルクさん」

「あ?」

「一瞬だけ、戻ってもいいですか?」

「どこにだ」

「…あの二台の元に」

「何か用でもあんのか」

「野暮用がありまして」


 駄目だ、とは言われなかったのでUターンをして戻る。

 車二台の傍に停車させ、死んだ人間の服を漁る。

 各車に三人ずつ乗っていたので、合わせて六人分の財布を抜き取った。

 マルクが待つ車に戻ると、鼻で笑われた。


「がめつい女だな」

「今日は凄く働いたんです。ご褒美くらいあってもいいと思います」


 抜き取る際に財布の中身を確認したが、合わせて二十万にはならなかった。もう少しあっても良かったのにと思う。

 待たせたことに詫びを入れ、傷ついた車を交換すべく、会社が所有している駐車場へ向かい、綺麗な車に乗り換えた。

 すぐに開発班に連絡を入れ、愛車の修理を依頼した。


「随分とでかい車だな」

「愛車が小さいので、替えの車くらい大きい方がいいかなと思いまして」


 深い青の車を運転し、これも悪くはないなとハンドルをにぎにぎと触る。

 大きいと重い上に小回りがきかないので毎日乗るには向いていないが、乗り心地は最高だ。もちろん、愛車の乗り心地も負けていない。


「ここで降ろせ」


 そう言って見せられた地図は、ここから一時間と少しかかる場所だった。

 六人分の財布を抜き取ったくらいでは足りない。

 以前マルクに言われたように、財布は情報部に売りつけよう。虎の威を借りるべく、マルクの名前を出して脅せば良い値で買い取ってくれるのではないか。マニュアルには、仲間に売りつけるなと書いていなかったし、規則違反ではない。

 疲れているからか、情報部から信頼を失うようなことを考えてしまう。


 明日は、いや今日は仕事があるのか。

 徹夜なんてしたくない。


「マルクさん、日付が変わったので今日になりますが、仕事はまだありますか」

「あ?あー、どうかな」


 今日やらなければならない仕事はない。マルクの気分次第である。

 疲れ切ったように見えるサツキに鞭打って働かせてもいいが、さてどうしようか。


「なんか、美味しい気がする」


 どこから取り出したのか、「超眠気覚まし!」と書かれたガムを食べるサツキを横目に、これくらいで疲れてもらっても困るな、と息を吐いた。

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