第28話
リチャードは最後に出て来た。
画面に映る男がリチャードであることを確認すると、枠から出ないように撮影する。
重いビデオカメラはサツキの腕を震わせるので、マルクと同じように肘を置いて震えないように固定する。
「おー、すんげえ」
画面に映るリチャードは、人間ではなかった。
目は虚ろで涎を垂らし、近くにいた仲間の腕を捕まえてその腕に噛みついた。
叫び声を上げる仲間の顔は恐怖で歪んでおり、リチャードが口を離すと仲間の肉も一緒に離れた。
人肉を喰らうリチャードにぞっとしながらも、撮影に集中する。
口元を赤く染めながら、残っている肉を喰らおうと再度腕に歯を立てる。
「あいつ何も持ってねえな」
リチャードが手ぶらであることに不満があるようで、双眼鏡を置き、背負っていたライフルを取り出して構えていることを察する。
見えないけれど、視界の端に入ったマルクの動きと音で何となく分かる。
「お、いいの持ってんじゃん」
何のことを言っているのかまでは分からないが、その言葉の後に隣から小さく発砲音が聞こえた。
画面を見ていると、リチャードのすぐ傍に大きめの銃が転がってきた。
拳銃よりも大きい。殺傷能力が高そうだと思っていると、リチャードがそれを拾い、逃げる仲間を目掛けて乱射し始めた。
リチャードのアップを止めて、引きで撮影する。
「うっわ、えげつないですね」
倒れた男の傍に寄り、顔を踏みつけて体中を撃ち続ける。
遠目で見ても死んでいると分かるのに、至近距離でドドドと激しく撃つ。
他の仲間が止めようと、リチャードに向けて発砲し、命中するが倒れない。
リチャードは撃たれていることに気付き、死体ではなく生きている仲間に向かって乱射する。
行動もさることながら表情がもう人間ではない。
見ていられないが、動画を撮れと言われた以上見なくては仕事にならない。
もし裏切りや、大きな失敗をしてしまったらこんな末路になるのか。
せめて人間のまま死にたい。
「悲惨ですね、こんな末路を迎えるなんて…」
そう言ってマルクの顔をちらっと見ると、双眼鏡を持ち直して光悦した表情で覗いていた。
「うっわ」
思わず声に出してしまう。
今にも叫びだしそうな表情だ。
「あーーーーっひゃっひゃっひゃ!!」
狂ったように笑うマルク。
笑いすぎて涙で目が潤んでいる。
「おい見ろよ、滑稽だな!」
どこに笑う要素があるのか。
リチャードにもマルクにも引いてしまう。
狂人の隣で狂人を撮影する。給料上がらないかな。
「あ?もう全部死んだか?」
どうやらリチャードが仲間を皆殺しにしてしまったようだ。弾切れになった銃を落とし、近くに転がっている死体に跨って殴り始めた。かと思えば、腕を齧る。
「これで終わりか、つまんねえな」
カチャ、という音と共にこれから起きることを予想し、目を細める。
想像通り、リチャードの脳天に数発撃ちこまれ、そのまま倒れた。
動かなくなったリチャードを撮影する気はなく、ビデオカメラの電源を切って回収班に電話をかけた。
「まあまあだな」
「何がですか?」
「薬」
「…楽しんでいるように見えましたが」
「結局は死んだろ。簡単に死なねえ体であれだと面白かったのにな」
ライフルを収めて肩にかける。
屋上から立ち去ろうとするマルクの後を追う。
「あの、これはどうしましょう」
「お前がゲンダに渡せ」
「承知しました」
仕事を押し付けられたような気がするが、仕方ない。これも仕事の内だと思うしかない。
「それよりお前、さっき俺を見て何て言った?」
「はい?どれのことでしょう」
「うっわ、って言ったか?」
「聞き間違いでしょう。そんなはずはありません」
「生意気だな殺すぞ」
マルクの言う「殺すぞ」は本気ではないことに最近気づいたので、殺される心配はしていない。大きな失敗さえしなければ、殺されることはないだろうと思っている。
建物から出ると、人間が歩いていた。
ふらふらと軸が定まらずに歩いている様子を見ると、酔っぱらっているのだろう。
中年の男はこちらに気付き、じーっと見つめた後、呂律が回らない口で何かを言っていたが聞き取れない。
このまま立ち去ってもいいが、建物の反対側には死体がいくつか落ちている。この暗い中ではっきりと顔が見えているわけでもないだろうし、相手はただの酔っ払いだ。
どうしようか、と考えていると、パァンと大きな音がして中年の男は力が抜けたように倒れ込んだ。
「え?」
「おい、早く帰るぞ」
懐に拳銃を仕舞い、何事もなかったかのように声をかけるマルク。
中年男の眉間に撃ち込んだのは間違いなくマルクである。
さっさと歩くマルクに遅れないよう小走りでついていき、車を開けて乗車した。
再度回収班に連絡を入れる。
「何か言いたいことでもあんのか」
「いえ、ありません」
鋭い。
「さっきの男を何故殺したって顔だな。あ?」
「…顔を見られましたし、反対側には死体がありました。殺して正解だと思います」
あの場で一番簡単なのは消してしまうことだった。
殴ったところで記憶が消えるとは限らないし、手っ取り早く殺した方が簡単だ。
「へえ、お前の顔は納得してねえみたいだがな」
「納得していないのではなく、あまりにもスマートでしたので死んだ事実に一瞬追いつけなかっただけです」
嘘ではない。
何故殺したのだ、と綺麗事は思わない。あの場は殺す一択だった。
ただ一瞬のことだったので、理解が追い付かなかっただけだ。
それを、マルクは納得していないと受け取ったようで読めない瞳でサツキを見つめる。
「まっ、いいけどよ。俺、綺麗事言う奴嫌いなんだよなぁ」
「…綺麗事は言っておりません」
「ハハ、そうだよな。そんなこと言ったらうっかり撃ち殺してたぜ」
猫のように目を細くし、ねっとりとした視線をサツキに送る。
蛇に睨まれた蛙はこんな感じだろうか、と現実から逃げる。
運転中のサツキはマルクと視線を合わせることなく、赤信号で止まる。
サツキの手が止まったところでマルクは右手をサツキの顎に持って行き、顔を自分の方に向けさせる。
「何でしょうか」
「ハハ、俺さ、お前のこと割と気に入ってんだ」
「ありがとうございます」
「なかなか表情が変わらないとこも笑わないとこもクソ真面目なとこも気に入ってる」
「恐縮です」
「だからよぉ、俺を幻滅させんなよ」
殺気を飛ばされ、唇をきゅっと結ぶ。
ぷるぷる震えているのはきっとバレているだろう。
こくり、と喉が鳴った。
サツキの顎を持っていたマルクの手にも、震えが伝わってくる。
「ハハ、震えてんのか?怖い?」
「いえ、別に」
強がるサツキにもう少し殺気を飛ばしてみる。
それでも震えながら表情を変えず、唇に力を入れるサツキを見て笑う。
「血が出るぞ」
そう言いながら顎を持つ手を緩め、親指で唇をつつく。
「…お気になさらず」
「そういうの、嫌いじゃねえ」
最後に頬を撫でてサツキから手を放す。
硬直したサツキはマルクの方を向いたまま動けないでいた。
「信号、青だぞ」
その言葉と共に殺気から解放され、漸く前を向く。
青に変わった信号を睨む。二度と変な反応をしない、絶対に。目の前で人が殺されようともだ。
そうでないと、今度は自分が殺されてしまう。
サツキは、マルクの地雷を脳内メモに追加した。
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