第23話

 コンビニに到着すると、マルクは降車することなく「煙草買って来い」とサツキに言い放った。本物のパシリ扱いだ。苛立ちはしないが、掌を差し出す。言わんとしていることが分かったのか「がめつい女だな」と、サツキの手のひらに千円札を置いた。

 サツキは車から降りてコンビニへ入る。

 銘柄を言われなかったので何でもいいのだろう。

サツキは煙草を吸わないので、どの銘柄がどんな味なのか全く分からない。

マルクが吸っているところを見たことがないので、吸っている姿をイメージしながら、なんとなくこういう銘柄が好みかなと、直感でパッケージを選んだ。

店内に客はサツキのみだったのですぐに購入でき、滞在時間は三分もなかった。

釣り銭を受取り、車に戻るとマルクが助手席から後部座席へ移動しており、扉は開けたままだった。何かを探しているように見えたので、「マルクさん」と声をかけた。


「早いな」

「煙草は詳しくないので、直感で選びました」

「あぁ、何でもいい。俺が吸うわけじゃねえから」


 誰かへのプレゼントだろうか。

 マルクは車の扉を閉めると、サツキに向き直る。


「俺がいない間、何かあったか?」


 先程の話の続きだ。

 また後でな、と言われたが今がその「後でな」の時間らしい。

 何かあったか、の回答として先程は簡潔に答えたが、それより詳しい話を求めているのだろう。


「財布を情報部に届けた際に、鼠に注意しろと言われました。うちのシステムに侵入した痕跡があり、鼠が一匹紛れ込んでいると上が判断したようです。詳細は確認中とのことでしたので、それ以上のことは聞けませんでした」

「他は?」

「メインの仕事を行いました。新人のリチャードと中堅のイルニを送迎し、仕事を終えたリチャードに付着していた血痕が座席カバーにも着いたので、帰宅後に新しいものと取り換えました」

「それで?」

「大きな出来事は以上です。まだ詳細が必要ですか?」

「あぁ。特に後半の、メインの仕事についてだ」


 メインの仕事について。

 サツキの仕事は暗殺者を送迎すること。これについての詳細をということであれば、車内で起きた出来事や、運転中に見た道の様子についてのことか。運転席から見た限り、走行中に変わったものはなかった。


「リチャードがもっと仕事をしたいと言っていました」

「続けろ」


 マルクが求めているのは車内でのことだと察し、昨夜のことを思い出す。


「それに対してイルニが、信頼を得るようになれば仕事が増えると返していました。それ以降、イルニは特に喋っていません。リチャードが他愛もない話をずっとしていたので、それに相槌をうったり、無難な回答をしていました」

「他には何もないのか」


 こういう情報が欲しいと言ってくれればそれに対して答えるのに。

 表情には出さず、悩んでいると二つだけ気になることを思い出した。


「メインの仕事なのでマルクさんのライフルはトランクに入れていたのですが、リチャードがそれに気づいたようで、車内に放置しているのかと聞かれました。それと、これもリチャードですが、帰りに車内で何かを落としたようでした。すぐに拾っていたのですが、気になって帰宅後に車内を確認しましたが、汚れはなく安心しました」


 最後は感想になってしまい、質問の回答として相応しくなかった。

 慌てて言葉を付け足す。


「以上です。もう少し会話の詳細が必要でしょうか。他愛もない会話でしたので、不要かと判断しましたが…」


 言い終わる前に車の扉を開け、きょろきょろと座席の下を見ている。

 何をしているんだろうか。

 話しかけようと思ったが、サツキの言葉を最後まで聞かない上での行動である。会話はもう終了したので、取り敢えず煙草を手に持ったままマルクの後ろに立っておく。

 何も言ってくれないので、今何をしているのか、何の情報を知りたかったのか、サツキは終始理解できていない。

 終われば話してくれるだろうと思い、探し物をするマルクの後ろ姿を眺めていると「おい」と話しかけられたので、返事をする。


「水を買って来い。喉が渇いた」

「はい」


 煙草の次は水だ。

 再び店内に入り、冷蔵されたペットボトルを取ってレジに向かう。

 やはり客はサツキしかいないので、すぐに購入できマルクの元へ歩み寄る。


「買って参りました」

「寄こせ」


 これがリチャードなら「まずは礼が先だろ」と思ってしまうかもしれない。

 天狗にならないように、しっかりしなければ。



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