第22話

 三十分程待機すると、黒装束の二人が戻って来た。

 夜に活動する者の身なりは黒以外選択肢がないよな、と改めて思う。

 ドアが閉まる音を聞き、エンジンをかけてその場を去る。


 返り血を浴びたのか、服を気にするリチャードに座席まで汚したんじゃないだろうな、と不安になる。

 一応座席にカバーはかけてある。血がついても染み出ないよう、極薄のプラスチックが布の間に入っているので、座席が血に染まることはないが、カバーの交換をしなければならないのが面倒だ。

 血を浴びることで快感を得る者がいれば、返り血を嫌い、綺麗な状態で仕事を終える者もいる。可能であれば後者のみを乗せたいものだ。

 乗せる者の仕事が仕事なだけに、多少の汚れは仕方ない。マルクを乗せる前にカバー交換は必須だ。


 交通量の少ない道路をニ十分進んだところで二人を降ろし、今日の仕事は完了した。

 礼を言うことも挨拶もなく降りたリチャードを見て、むくむくと「新人なら礼儀くらい身に付けてから仕事をしろ、社会人の常識だぞ」という気持ちが起き上がる。

 幹部の専属になったことで気が大きくなっているようだ。いけない、天狗になっている。

 マルクの気分一つで殺されてしまうし、降格すら有り得る。天狗になると痛い目を見るのは自分だ。気をつけなければ。


 帰宅後、後部座席を見ると所々赤黒い血が付着していた。新しい座席カバーと交換し、古いものを処分するのだが近所のゴミ捨て場に廃棄はできない。その辺のゴミ箱に廃棄している者もいるのだろうが、サツキは廃棄班に廃棄してもらう。マニュアルにもそう書いてあったが、守っている者がどれだけいるだろうか。

 殺されたくないので、マニュアルに沿って行動するのが正しいとサツキは信じている。


「…何もないか」


 リチャードが何かを落としたので、汚れがないか念入りに確認するが特に変わったところはない。血痕もない、弾丸もない、何かを零した跡もない。ならば問題はない。

 座席のカバーだけを家に持って入り、袋に詰めて、明日にでも処分しに行くことにした。

 上からのメールは来ていないので、明日はきっとオフだ。財布でも買おうかな。

 シャワーを浴びてソファに座り、ネットで財布を探していると、メールが届いた。マルクからだ。


「えっ、もう?」


 明日の昼に迎えに来い、とのことだ。思ったよりも早い帰りに、できる男なのだなと感心する。

 ならばライフルを前に置いておかなければ。明日、車を出す前に移動させよう。謝って発砲してしまわないよう慎重に持たなければならない。怖いからあまり触りたくないのが本音だ。

 マルクが遠征に行ってからメインの仕事は今日の一回のみであったので、ゆっくり休むことができた。疲れているわけではないが、明日は昼からの出勤になるので早めに寝ようと思い、明かりを消して寝室へ向かった。





 太陽が昇っている中、車に乗り込んで発進させる。ライフルの移動は十分かけて行った。重い上に怖いので、腰が引けてしまい時間がかかった。

 マルクが指定した場所に向かう。

 座席カバーを早めに処分しようと思っていたが、朝起きるのが面倒で、結局袋に詰めたまま車内に入れた。マルクの送迎が終わったら処分しに行こう。

 マルクを送り届ける先については教えてもらえていないので、会った時に行先を聞くしかない。

 信号を右折すると、太陽に向かって走っている状態になり、眩しすぎてサンバイザーで光を遮断する。

 そのままずっと道なりに進んで行くと、目的地が見えた。減速し、マルクの姿を探していると、電柱の影に立っている男が見えたので、少し手前の路肩に車を停車させる。


「よう、元気だったか?」


 気づいたマルクが助手席のドアを開け、サツキの隣に腰を下ろす。


「はい。マルクさんも怪我がないようで何よりです」

「エリア出たくらいで怪我すると思ってんのか殺すぞ」

「失礼しました」


 怪我なく戻って来たことは嬉しいが、減らず口は相変わらずだ。

 なんだか久しぶりな気がして鼻歌でも歌いたくなる。


「どこでもいいからコンビニ」

「承知しました」


 何か買うものがあったなら買ってくればよかったのに。コンビニなんてどこにでもあるだろう。駅には必ずあるが、縄張りのコンビニに行きたいということだろうか。なんだかお山の大将みたいだと失礼なことを思いながら周辺のコンビニをいくつか思い浮かべる。

 最近はどこも監視カメラが備わっている。昼間なのでカメラにはっきり映ってしまうだろう。そうでなくても最近のカメラは性能が良いので、人物の顔なんかすぐに割り出せてしまうと聞く。

 なるべく死角が多いコンビニを目指し、アクセルを踏む。


「俺がいない間、どうだったか」

「先日頂いた財布を情報部に届けました。それと、メインの仕事を一件行いました」

「その話はまた後でな」


 自分から聞いたくせに、また後でなと投げられてしまった。

 もしかして、この男は偏差値が低いのか。

 マルクに慣れてきたのか、失礼だとは思いつつもそんなことを考えるようになってしまった。


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