第21話
マルクが遠征に行って数日、漸くサツキにメインの仕事がまわってきた。
また新人教育も任されたらどうしようかと思ったが、待ち合わせの場所にスーツではない服装で立っている人間が二人いたので安堵した。運転手、況して新人であればスーツが暗黙の了解になっている。
朝届いたメールを記憶から呼び起こし、写真と立っている男二人を頭の中で照合させる。本人であることを確信し、車を停めて二人を乗せる。
やはり仕事は夜がいい。
万が一、この職場から追い出されて路頭に迷ったとしても昼職だけはもう無理だ。夜職に慣れてしまった今、その辺の一般人のように朝出勤して夕方退勤なんてできやしない。
この職から追い出されることは即ち死を意味するが、万が一、億が一にも会社の目から逃れられる日が来たとして、昼職だけは嫌だ。
「あーあ、仕事少なくて嫌になるな」
後部座席で一人の男が呟く。名前は確か、リチャード。隣にいるのがイルニ。
誰に言うわけでもなく目線を上にやり零した声を、サツキは拾わない。
「まだ入ったばかりだろ。少なくて当然だ」
「新人は数をこなして成長するもんだってーの。そんなことも分かんねえのか、この組織はよぉ」
「新人は信用できないから任されていないだけだ。徐々に信頼を得ていけば、仕事は増える」
リチャードは新人で、イルニが先輩である。
態度の大きい新人だ。年齢は若いが、うちで育てた新人にしては歳をとっている。遅咲きにしても、もう少し若いはずだ。
ならばどこかから引き抜いて来た人材か。鼠や情報漏洩のことがあるので、引き抜きは滅多に行わないと聞いていたが、それだけ腕が良いということだろう。
いや、スカウトという線もあるな。ただの殺人犯を拾い、飼うことにした可能性だってある。
ルームミラーでさりげなくリチャードを盗み見るが、ただの殺人犯にしては緊張感もなくどこ吹く風だ。
どこかから引き抜いたのが妥当な線だ。
「運転手さん、後ろに置いてあるのってマルクって人の?」
リチャードがミラー越しにサツキを見る。
確かに、後ろに積んであるライフルはマルクのものだ。メインの仕事のため、後部座席の下に置いていたのを態々移動させた。
リチャードが振り向けばライフルが置いてあることくらい簡単に分かるだろうが、彼が振り向いた素振りはなかったはずだ。サツキの知らない内に後ろを見られていた。なるほど、腕が良くて引き抜いたという推測は間違っていないようだ。
「えぇ、マルクさんのものです」
「幹部だっけか。そんな人のライフルがこんなところに放置されているなんてなぁ」
「…予備を置いているだけですので」
「まっ、どうでもいいけど」
ライフルの話はすぐに終わり、別の会話へと移動したのでサツキはそれに合わせて無難な回答で相手をする。
「運転手さんはさー、普段何してんのー?」
「化粧品や鞄を買ったり、ショッピングですね」
「じゃあ俺ともショッピング行こうぜって誘ったら来てくれんの?」
「プライベートでの接触は厳禁なので」
「何それ、でもマルクとはどうせ接触してるだろ」
下っ端と幹部は別だ。
メインであれば不特定多数の人間を乗せて仕事をするが、専属は一人を乗せる。幹部と共に仕事をするならばプライベートでは接触厳禁だのと言っていられない。一般的な会社では社長秘書が社長の身の回りの世話をすることがあることと同じだ。
「私はマルクさんの専属なので」
「あんた全然表情変わらねえけど、愛想よくした方がいいんじゃね?」
余計なお世話だ。
マルクに言われたら考えるが、ほやほやの下っ端に指摘されて直す義務はない。
「善処いたします」
心にもないことを言って逃げる。
偉そうにする下っ端は嫌いだ。
殺しを仕事にしているがリチャードは新人で、サツキは先輩。職種が違えど入社はサツキの方が早いため、偉そうに言われる筋合いはない。
それを表に出す程馬鹿ではないので、黙って夜道を走る。
「おっと」
リチャードが何かを落としたようで、身を屈めて拾った。
汚してないよね、とルームミラーで確認するが何を落としたのかは見えなかった。
車内に血が付くのは嫌だし、汚れを残されることが嫌だ。
舌打ちしそうになるのをぐっと堪え、仕事が終わったらすぐに確認しようと心に決め、二人を目的地で降ろした。
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