第18話

 休日だというのに仕事熱心なサツキを見て、マルクはサツキの前任を思い出す。

 幹部の運転手は技術がなければ話にならない。危険が多く、運転手にもその危険は及ぶ。

 しかしながら、人手不足がこの世界の常である。公に募集できない、なり手が少ないなど理由は様々だが、その中の一つとして、気に入らない奴はすぐに殺されてしまうことが挙げられる。

 サツキの前任もマルクが殺した。

 運転の技術が悪いわけではなかった。ただ、道の把握ができていなかったため敵から逃げ切ることができなかった挙句、人質にされる程の間抜け。

 ただの運転手に人質としての価値はなく、運転手共々マルクが消した。

 元々気に入らなかった。いつまで経っても怯えの色が消えず、常に機嫌を窺う視線。鬱陶しかった。

 そんな時、運転手の仕分けをすると聞いたので、丁度良かった。仕分けが始まる前に殺してしまった。

 後任は女だった。女は使えない上に喧しいから嫌いだ。

 初日はすべて無視したが、思いの外使えることを知って、見方が変わった。悪くない。


 今も必死に地図と向き合い、真面目に取り組む姿を見て、馬鹿だなと思うが嫌いではなかった。

 普通の人間として普通に生きていればいいものを、人の道から外れた集団の中で生きるなんて本当に馬鹿だ。どこからどう見ても、サツキは普通の人間だ。すぐに死んでしまいそうでため息が出る。


「どうかしましたか?」


 ハンドルから手を離さず、大きなため息を吐くマルクに気付き、疲れたのかと思い声をかける。休憩を挟んだ方がいいだろうか。数キロ走り、停車し、また数キロ走り停車する。これをずっと繰り返しているので、そろそろ飽きたのかと気になった。


「別に。お前、なんでそんなに頑張ってんだ」

「死にたくないからです」

「じゃあそもそもこんなところに来るんじゃねえよ」


 こんなところ、というのは今所属している会社のことだ。

 悪の組織のような人道を踏み外した会社で、死にたくないと思いながら働かなくてもよかっただろうと、心配してくれているようなことをマルクに言われ、目玉が飛び出そうだった。


「前職を辞めた後、なんでもよかったんです。自分にもできそうな仕事があればいいなと思っていたところに、給料が良い運転手の仕事があったので、即決でした」

「内容ちゃんと見たのか?」

「はい。危ない仕事だと思いましたが、給料が良かったので」

「がめついな」

「労働の目的なんて、金じゃないですか。前職も金のために働いていました。同じ労働なら、高い給料が貰えるところがいいです」

「前職は給料良かったのか?」

「いいえ、ただの事務職だったので少なかったです。高卒の私ができる仕事なんて限られていますから。だから運転なら、自分にもできると思い応募しました」

「大金も手に入るからな」

「はい。迷う余地もなかったです」


 マルクは、サツキという人間について少し分かった。

 金のため、殺人はできないが殺人者を運ぶくらいならできる。なるほど、普通の人間と思ったが、居るべき場所に居るようだ。

 普通の人間なら、内容を見れば応募しようなんて思わない。


「で、その大金は何に使ってるんだ?」

「化粧品や洋服、鞄ですね」

「女だな」

「女ですよ。マルクさんは、きっと桁違いの給料を貰っていますよね」

「あ?人の金にもがっつくのかよ」

「気になりましたので。マルクさんは何にお金を使っているんですか?」

「これ」


 懐から拳銃を取り出し、サツキに見せる。


「それって高いんですか?」

「普通」

「会社から支給されないんですか?」

「興味津々かよ」

「触ったことないですし、聞く相手も特にいなかったので」


 メインやサブのときは、仕事に支障が出ない範囲でコミュケーションをとっていた。あまり深く聞くと地雷を踏む可能性があるので、仕事について自ら聞くようなことはしない。


「そんな高くねえけど、ライフルとか色々あんだよ」

「ライフル?あぁ、ゴルフバックに入れるあの長いやつですね。マルクさんはいつも持っていないようですけど」

「重いし持ちたくねえ。この車に乗せておくか。今度から俺のライフルも一緒に運べ」


 仕事が増えてしまった。

 銃を運ぶくらい大したことではないが、何かの手違いでいきなり発砲しないか心配だ。


「お前、明日もこんなことすんのか?」

「はい。仕事がない日は暫く続ける予定です」

「何日かかるんだ」

「それは分かりません。物覚えは悪い方なので、何度もやらないと覚えることができません」

「ハッ、本当に馬鹿だな」

「はい」


 前職の上司に馬鹿と言われた時は悔しくて悲しくて、家に帰ったら涙を流していたのに、マルクに馬鹿と言われても素直に「はい」と言える。悔しい、悲しいという感情は沸かず、受け入れるようにすとんと自分の中に落ちる。馬鹿だから何度もやらなければと、前を向いて取り組む姿勢になる。この差は何だろうか。サツキは自分でも分からない。


「明日も仕事ねえから、迎えに来い」


 仕事がないから迎えに来いとは、矛盾している。


「分かりました」


 また、今日のように付き合うつもりだ。

 やはり暇なのか、幹部は暇なのか。

 そんなことは言えないので運転に集中した。

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