第17話
久しぶりの休日のような気がする。
今日、仕事がないことはマルクに確認済みだ。
最初こそマルクに殺されるのではないか、機嫌を損ねないかと怯えていたが、思ったよりも教えてくれるし答えてくれる。本当に、初日の無口は何だったのかと問い詰めたい。そんなことはできないが。
専属になって初めての休日だが、休めるわけではない。メインの時よりも広がった範囲はサツキにとって未知の領域。出勤前と退勤後に地図上で何度も広がったエリアの確認をしたが、やはり車を使わなければ実際の道は覚えられない。地図だけでは見えない、景色、幅の広さ、逃走ルートの確保に車の込み具合。覚えることは山ほどある。
やる気に満ちているサツキは軽自動車を出す。ガソリンが残りわずかになるまで走り続けようと決めていた。
車を走らせて数分経つと、電話が鳴った。
ケータイを持つわけにはいかないので、ハンドルについているボタンを押す。
「はい」
『何してる』
「運転中です」
『どこだ』
「A221の交差点です」
『仕事なわけねえよな?』
「はい。専属になって仕事のエリア範囲が広がりましたので、今日一日は道の確認のためドライブをしようかと思いまして」
『昨日降りた場所まで迎えに来い』
「はい?仕事ですか?」
『そんなところだ』
マルクはそれだけ言って、電話を切った。
まだ道を完全に覚えていない。この状態で仕事を続けるのは危険であるため、早く休みがほしいというのに。
来た道を引き返し、マルクを拾いに愛車を走らせる。
他の専属もこんな感じだろうか。休みなく呼び出される。給料が良いから何も言えない。あぁ、他の専属と話がしてみたい。
車を走らせてニ十分が経つと、黒を纏った背の高い男が見えたので停車して助手席に乗せる。
マルクから場所の指示があるのかと思い、停車したまま待つが何も言わない。
どこへ行くのか言ってくれないと運ぶことができない。
「あの、どちらへ?」
「お前はどこに行くんだ」
「増えたエリアを確認しに行くので…」
「じゃあそこに行け」
なんなのだ。
仕事ではないのか。
意図が汲み取れず、取り敢えずサツキの行きたいところを目指して発進した。
マルクは指示を出すわけでもなく、気怠そうに窓の外を眺める。
「今日はどうしたんですか?」
「あ?」
「私が行く場所に用があるんですか?」
「なんでもいいだろ」
特に目的があるようには見えない。
まさかとは思うが、暇なのか。暇すぎてすることがなく、ついて来ただけなのか。まさか、そんなはずはないか。
とても失礼なことを思ってしまい、頭を振る。
きっと何かあるのだろう。サツキには分からないが、何かあるのだ。
ならば自分はやるべきことをやろう。目的があるのなら、言ってくるはずだ。
車を暫く走らせると、見慣れない景色に変わった。
大通りの交通量、抜け道、建物の場所、街灯の数。注目すべき点はいくつもある。この一回だけで終わらせようとは思っていない。覚えの悪いサツキは、何度か来なければならない。一回だけで覚えようとするから難しく感じる。何度も来ればいい。覚えるのは早いに越したことはない。
途中、路肩に幾度か停車させて、地図にマーカーで色を付け、ボールペンで数字を書き込む。職業柄、メモは取れない。この場所は人通りが少ない、ここは道が狭いなどを書けば証拠が残ってしまう。暗号を用いればいいのだろうが、生憎暗号を作る器用さはない。
地図に色を付ける程度であれば、この地図が誰かの手に渡っても、何が書かれてあるか分からないだろう。
マルクは隣で必死に地図を見たり、書き込んだり、周囲を見渡すサツキを馬鹿真面目だなと眺めた。
話しかけようにも、運転中はずっと集中しており、信号待ちの際にも地図を確認している。
仕事熱心なのか馬鹿真面目なのかただの馬鹿なのか。
「おい」
何度目かの停車時、地図に書き込みを終え、膝の上に置いたのを見計らい話しかけた。
「お前なんでそんなに必死なんだ」
「必死ですか?」
「普通に運転すりゃいいだろ。こんな下見みてえなことせずによ」
なめているのかこの男は。
そんなことすれば自分の命が危険に晒されるかもしれない。失敗は許されないのだから、念入りに下見をするべきだ。
「下見をしなければ、実践で運転なんてできません」
「馬鹿か?」
「はい」
自覚はある。前職では使えないと何度も罵倒され、自分の仕事を奪われ、最終的には居場所も仕事もなくなった。自分が馬鹿で愚鈍であったためだ。あんな惨めな思いはもうしたくない。
だからこの職では、生き残ることに必死だった。サブになりたての頃は一日だって休んだことはない。エリア内の道を覚えるため、規律を理解するため、運ぶ人間について理解するため、毎日勉強した。
下っ端に降りてくる情報は少ない。だからこそ、その少ない情報をすべて頭にねじ込んだ。少ない情報すら覚えることができないのなら、使えない奴になってしまう。
向いているのか、前職の仕事内容よりも覚えるものは簡単だ。一般企業よりも向いている今の職を、気に入っている。
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