第14話
公衆トイレから出て来たのは、マルクだった。
仲間の登場に安堵するも、周囲への警戒は怠らない。
「ウィンターホテルに行け」
「はい」
トイレの次はホテルだ。
水道代をケチって公衆トイレに来たのかと思いきや、恐らく仕事だった。何の仕事かは知らない。人を殺したのかさえ分からない。あの銃声が人に向けたものならば、黒ずんだあの箱の中には死体が出来上がっているのだろう。
世の中、知らなくていいこともある。
ホテルへ行くのも、仕事のためだろうか。
そう思わせておいて、次こそただのプライベートという可能性もある。
女とホテルで密会か、或いは、ホテル暮らしか。前者の方が可能性としては高い。何故なら、無駄に可愛いフェイスをしているからだ。女には困っていないはず。可愛いフェイスとはいえ、殺人犯だ。こういう輩は変な性癖があるに違いない。絶対彼氏にはしたくないタイプの男。
「さっきの」
「はい?」
「さっき、俺が何してたか気になるか?」
気になるといえば気になるし、気にならないといえば気にならない。
何をしていたか興味がないわけではないが、知らなくてもいい。
「特に」
「取引をする予定だったが、腹が立ったんで撃っちまった」
最低だ。
取引をするのが、お前の今日の仕事ではないのか。それを、自分の感情一つで白紙に戻したどころか、殺してしまった。
「いいのですか、そんなことをして」
「腹が立ったんだから仕方ねえよな。受け取る予定だったものは貰ったし、別に構わねえだろ」
世の中、知らなくていいこともある。これは知らなくてよかった情報だ。
「死体は、そのままにして来たんですか?」
「回収するよう連絡は入れたし、問題ねえ」
殺してしまったものは仕方ない。死体は有効に使わねば勿体ないので、殺害した後のマルクの判断は正しい。そういうところはきちんとしている。
もし回収の連絡をしていなければサツキがしていたところだ。マニュアルにも、死体回収の大切さについてあったはずだ。殺されないよう、必死に頭に叩き込んだので覚えている。
どうでもいい会話をしているとホテルの駐車場に着いた。
適度なコミュニケーションがとれたのでサツキは大いに満足していた。
今後も少しずつ、他愛ない会話を続けて不仲にならぬよう心がけよう。そのためには地雷を知っておかなければならない。どんな話をすると不機嫌になるのか、何が嫌いなのか、人付き合いでとても大切なことだ。
「おい、何してんだ」
シートベルトを外さないまま、車内で待機しようと思っていたのだが、マルクがドアを閉めずにサツキに話しかける。
「お前も降りろ」
「えっ?」
それだけ言われ、ドアが閉められた。
慌ててサツキも運転席から降り、先に進んでいくマルクの後を追う。
運転手は現場待機が基本になったので、車から離れたくはない。しかし、幹部の言うことに逆らうわけにもいかない。この場で優先するべきはマルクである。何かあればマルクを言い訳にしよう。
立場が違うので隣を歩くことに気が引け、斜め後ろを歩く。
高級ホテルなだけあって、煌びやかな内装だった。マルクは迷うことなくエレベーターに乗り、十階へ上がった。
女と密会ではなさそうだ。ならば、仕事か。
ホテルで仕事とは、何だ。
部屋にいる敵を全員殺す、とかそんな感じだろうか。
何故連れてこられたのか分からないが、サツキに拒否権はない。拒否すれば、死しかない。
ここに来たのは何をするためか、そう聞きたいが、マルクの地雷が分からない以上、何も言えない。
もしかしたら仕事を聞かれるのが嫌いなのかもしれないし、探られるのが嫌いかもしれない。
十階の一室に行くと、マルクが数回ノックした。
扉が開くと、中から白髪交じりの男性が現れた。スーツを身に纏い、頭を下げる男性は付き人か執事のようだった。
マルクは言葉を発することなく、部屋の中へ進む。
サツキは年配の男性を真似て一礼し、マルクの後ろを歩く。
「来たな」
テーブルを囲い、ソファに座る男性が四人。その内三人の後ろには付き人なのか、人が立っている。
若い男性から年配まで、年齢の幅は広い。女性はこの場でサツキ一人だった。
扉を開けた年配男性は、ソファに座る一人の男性の後ろに立つ。
誰だろう。
サツキはよく分からないまま棒立ちになるが、マルクも四人同様にソファに腰掛ける。
なんとなく立っている男性たちを見て、サツキもマルクの後ろに立つ。
異様な光景に、なんだか悪い組織の会議みたいだなと思った。
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