第10話

「ちなみに、給料についてはメインより高いから」

「えっ」

「通帳はもう見た?」

「は、はい。なんか増えてました」

「専属になれば最低でもあの額は入る。あれより低くなることはない」

「やらせてください」


 態度を一変させ、やる気に満ち溢れるサツキを見て男は一層笑った。


「目的がはっきりしていると良いよね」

「それで、聞きたいことがいくつかあるのですが、よろしいでしょうか」

「答えることができる範囲で回答しよう」


 前のめりになるサツキに、男は自分の目に狂いがなかったと確信した。

 運転の腕は確かであり、金目当ての転職。殺人に加担している罪悪感はなく、淡々と仕事をこなすサツキを拾い上げた自分を褒めるべく両腕で自分を抱きしめる。

 変な行動をし始めた男をサツキは白い目で見ていた。


 サツキは一通り聞き終えると、早速エリア内の道を調べるため退散するべく腰をあげようとしたが、男が引き留める。


「もう少し、お話をしましょう」

「はぁ、いいですけど」


 他に話すことはないが、上げかけていた腰を下ろす。


「今回、何故君が専属になったと思う?」

「何故…実力があるからでしょうか」

「自信過剰、と言いたいところだが否定はしない。その通り。しかし、もう一つ」


 自分の実力以外に何があるのかと、サツキは首を傾げる。


「この度、他国から侵入した集団に一人殺された件を知っているね?」

「はい。通知がありましたので」

「その殺されるきっかけになったのが、運転手だ」


 やはりそうか。

 現場から離れてドライブに行くなというお達しがあったのは、その運転手がしくじったためだろう。


「その運転手は始末されたが、最近の運転手について会議でも議題に上がることは多くてね」

「会議の議題に?」

「質の悪さがね」


 運転手の質が悪い。

 そう言われても、ぴんとくるものはない。同業者との関わりがないため、自分の技術が他より優れているのか劣っているのか、平凡であるのかすら分からない。


「運転手如きに暗殺要員が一人減った。それはあまりよろしくない。ということで、運転手の仕分けをしていたわけ」


 運転手如き、という表現が気になるが本音なのだろう。きっと議題でもそのような言い方をされている。

 替えのきく運転手より、上手く殺せる輩の方が価値は高い。立派な殺し屋なんて、そう簡単に出来上がるものではない。


「仕分けというと、サブ、メイン、専属に振り分け直しているということですか?」

「惜しい、もう一つ足りない。サブ、メイン、専属、排除」


 排除。要らないから殺す。

 それを今、始めているところ。


「当然君もその仕分けをされ、メインから専属に昇格した」

「私の働きが良くなかった場合、殺されていたんですね」

「今回昇格したのは君くらいかな。今回の仕分けで専属に空きができたので、丁度良かったね」


 空きができた、ということは降格か消されたか。

 どちらにせよ、その人間のお陰で給料が上がったのだから感謝しなければ。


「期待しているよ。君の相棒もクセが強いので、扱いに困ると思うけど仲良くしてね」

「脅さないでくださいよ」

「嫌になれば言ってくれ、他に替えを用意するか検討しよう」


 こんなやばい会社だが、希望を言えば一応聞いてくれる。

 替えがきく存在とはいえ、人手不足が常だ。不必要な足切りはしたくないのだろう。

 こういうところは前の職場よりもホワイトである。


「それと、専属とは言いましたが、相棒が駆り出されている時はメインの仕事もしてもらうよ。人手不足なので」

「分かりました」


 結局メインもするのか。

 一人とだけ仕事をするよりも、複数人と仕事できる機会もある。

 悪くないな。


「では、説明は以上で終わり。質問があればいつでも連絡してね」

「ありがとうございました」


 今度こそ立ち上がり、扉を開けて部屋を出た。

 また四十分かけて歩き、自分のアパートに戻る。


 仕事内容は変わりないだろうが、頻度や重度が分からない。危険というのは、殺し合いに巻き込まれるという意味だろうが、今までそんな場面に出くわしたことはない。

 尾行を撒いたことはあるが、それくらいだ。

 研修はなく、既に仕事は始まっている。次くるメールは専属としての仕事だろう。

 何事も最初は研修や講義が必要だし、引継ぎも大事だ。引継ぎが何一つない。

 うちは危ない会社だが、そういうところはきちんとやっているものだと思っていた。引継ぎの話がなかったということは、降格になったのではなく消された。

 何をして消されたのだ、どういう失敗をしたのだ。それを聞けばよかった。


 今更連絡するのも気が引け、仕事は真摯に取り組もうと誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る