第9話
仕事が入らないまま時間が過ぎ、給料日を迎えた。
近所のATMで記帳をしようとスーパーを訪れた。
忙しいはずが忙しくなく、それほど出勤をしていない。暗殺目的とした送迎だけでなく、ただの送迎としても利用されなかった。
そんなに稼げていないな、と思い通帳を見ると、前月分を大きく上回る数字がそこにあった。
なんだ、これは。何かの間違いだろうか。
家に帰って給料担当にメールで確認すると、どうやら間違っていないようだった。
それにしてもこんなに振り込まれるなんて、どういうことだろう。そんなに良い働きをしただろうか。
思い返すが、特に変わりはなかった。あったといえば、新人に教えたくらいだろうか。しかしあれは結局仕事にならなかったし、教育代にしては多すぎる。
怪しさがむんむんと香る。
その怪しさが引き寄せたかのように、電話が鳴った。
今から言う場所に来いと命令され、昼間であるのに呼び出された。昼間の仕事は久々である。
徒歩四十分の場所にあり、急ぎではないと言われたので車は使わず歩いた。
明るい時間に車を乗り回したくない。職業病というか、太陽の下で運転をしたくない。
紫外線を日傘で防ぎながら指定された場所へ行く。アパートの一階にある部屋の扉を叩くと数秒後、部屋から男が出て来た。
「いらっしゃい。さあ、どうぞ」
胡散臭い笑顔を貼り付けて部屋の中へ通す男には見覚えがあった。
サツキに仕事の説明をしたのがこの男だった。
企業であれば営業部にいそうな男だ。一般人にしか見えないが、会社の入り口である。
この男に呼び出されたということは、契約内容の変更だろうか。
「はい座ってー」
紫色の座布団の上に座り、テーブルを挟んで向かい合う。
「実はね、契約内容の変更なんだけど」
そらきた。
やはり間違っていない。この男は人事担当だろう。
「今、エリアのメインをやっているよね。それを変更する」
まさかサブに落ちたのか。
驚きで目が、くわっと開く。
降格されるような働きはしていないはずだ。失敗はなく、人間関係も悪くなかったはず。自分が落ちたのではなく、他が上がったのか。自分より実力のある運転手が増えたということか。
悔しい。
「メインではなく、専属にする」
「…専属?」
サブの宣言かと思いきや、専属になれと。
専属とは、なんだ。何の専属だ。
それが表情に出ていたようで、男は「そうか、最初に言っていなかったもんね」と笑う。
「運転手はメイン、サブ、専属に分かれている。今はメインとして彼等を運んでくれているけど、これからはたった一人の専属運転手になってもらう」
なるほど、専属か。
不特定多数を運ぶのではなく、たった一人を乗せる。
契約内容の変更がそれなら、問題はない。
詳しく話を聞こうと姿勢を正す。
「今まで君が運んでくれていたのは、下っ端。これからは幹部を運んでほしい」
暗殺班の中でも、上下がある。下っ端、中堅、そして男の言う幹部だ。
この会社には色んな部署があるため、幹部の数も多い。
暗殺班の中に幹部が数人おり、運転班の中にも幹部が数人いる。
全体幹部会議になるととんでもない数が集まるのではないかと想像したことがあったが、そういった会議には各部署から多くて二人までしか参加できないようだった。
下っ端のサツキには細かいことまで分からない。
「幹部の送迎ということは、つまり全国転勤ということですか?」
幹部は日本全国を動き回ると聞いたことがある。専属ということは、つまり同行して各地について行けということ。各地の地図まで覚えなければならないし、土地勘がないところでカーチェイスはできない。そう考えると、専属というのはあまり良い判断であるとは言えない。
「あぁ、違う。一応、拠点はある。人手が足りない時に駆り出す時もあるけど、基本はエリアが決まっている。そのエリア内だけでいい。さすがに全国となると、君も難しいだろう?」
「は、はい」
良かった。
エリアが決まっているのなら、大丈夫だろう。
「で、もう誰の専属になるかっていうのが決まっていてね、それはまたメールが届くと思うから僕からは何も言わないよ。それで、エリアっていうのがね」
口頭で言うのが面倒なのか、少し考えて地図を取り出した。
「ここ」
人差し指で円を描くように、地図にある場所を囲んだ。
「は!?」
範囲の広さに思わず声を上げた。
全国ではないだけマシだが、それにしても範囲が広すぎやしないか。
驚くサツキに笑顔を絶やすことなく男は続ける。
「乗せるのは幹部だからね。急な仕事が今まで以上に多くなると思うし、危険も倍になると思うけど、君ならできる!」
負けずにサツキも笑顔をつくるが、口元が引き攣ってしまう。
急な仕事や危険はいい。そんなことは承知の上だ。
広範囲が問題だった。
「ちなみに、その仕事はいつから…」
「今からだよ」
ですよね。
幹部の仕事量がどれくらいかは知らないが、このエリア内すべての道を把握するための時間があるだろうか。
休みの日もずっと車を走らせて、把握しなければならない。休日出勤みたいなものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます