第7話
仕事が忙しくなると思った矢先に、上から連絡が入った。
国内に侵入した例の集団に、仲間が一人殺されたとのこと。
それを受け、運転手に通達されたのが、持ち場を離れるなということだった。
普段は現場に暗殺者を送り込み、ドライブした後に暗殺者を拾って帰っていたが、そのドライブをしている運転手はすぐにやめろとのお達しだ。
ドライブがなくなることに肩を落としたが、給料のためだ。それくらい我慢できる。
こんな通達があるということは、それが原因で死んだのか。
詳細がなかったのでサツキには分からない。
素直に従おう。
今夜も仕事だ。二時間後に家を出れば問題はない。
まだ時間に余裕があるため、シャワーを浴びようと思いソファから立ち上がったところ、ケータイにメールが入った。仕事かと思い、開いてみると今夜の仕事がなしになったとのことだった。
なくなったとは、どういうことだ。殺しをやらないということだろうか。
殺す予定だったが、生かしておくことになったか。
裏で取引でも行われたか。
考えても仕方がない。
折角の給料がなくなってしまい、落ち込む。
まあ、いい。
どうせ忙しくなるだろうし、仕事はすぐに舞い込んでくるだろう。
そう高を括っていたのだが、一週間、二週間経っても仕事の連絡は入らなかった。
「なんでだよ!」
思わず叫び、メールボックスが零になっているケータイをソファに投げつける。
メイン運転手に仕事の連絡が入らないとはどういうことだ。
爪を噛み、ソファから落ちたケータイを睨みつける。
殺しの数はそれほど多いわけではないが少なくもない。エリアごとに運転手がいるわけで、このエリア内での殺しは毎日あるわけではない。しかし、エリアは狭くない。こんなに仕事が舞い込まないなんて、今までなかった。
表のニュースになっていないだけで、マフィアを殺したり隠れている残党を殺したり、色々あるはずなのに、仕事がこない。
まさか、見放されたのか。
それはない。メインからサブになる連絡はないから、メインとして不要になったわけではないのだろう。肩書はメインのままだ。
エリア内の他のメインばかり使われているということか。だとしても、メインの数は少ない。他のメインばかりが使われて自分が使われないなど、あり得ない。
自分が無能なのだろうか。他が有能すぎるのか。
考えてもきりがない。
「クソ!」
悔しい。
もっと技術を磨かなくては、すぐに捨てられてしまう。
こんな良い職なんて他にない。
運転手といえど、運転の技術だけではなく、洞察力や危機回避など、様々な能力も磨かなければ。なんとしてでもこの座は死守してやる。
一般企業で働いていた時はこんな向上心なんて塵ほどもなかった。
自分にも向上心なんてものがあったのかと、この職に就いてから知った。
仕事の話がない今、無職も同然。
いつ連絡が入ってもいいように、ケータイは手放さず常に傍に置いていた。
数日後、漸く仕事の連絡が入り、泣いて喜んだのも束の間、ただの仕事ではなかった。
うげっと顔を顰め、気落ちしたまま服を着替えて車に乗り込んだ。
尾行の車はなく、遠回りをして待ち合わせ場所へ行く。この仕事が一番嫌いだ。
仕事に好き嫌いを持ち合わせるのは良くないことだと分かっているが、どうしても好きになれない。
暗殺者の送迎なら喜んでする。
どこで知らない人間が殺されようと関係ない。
運転をするだけで金が入る。幸せなことだ。
車内で何度もため息を吐き、待ち合わせ場所に車を停めた。
助手席が開き、乗り込んでくるのは黒スーツの女性だった。
暗殺者ではない。
自分と同業の人間だ。
「よろしくお願いします」
軽く頭を下げるのは、自分と同い年か少し上に見える女性。
今日の仕事は暗殺者の送迎だけではなく、運転手の教育も兼ねていた。
サブにもなっていない、見習い運転手だ。
研修が終わり次第サブになる。
苛立ちを誤魔化すようにアクセルを踏みつけ、車を走らせた。
見習いに名前はない。サブになれば名前を貰える。
沈黙の中、教育はしなければならないと、渋々口を開く。
「あんた、何回目?」
「これが五回目です」
五回目なら、もう少しでサブになる頃だ。
仕事のことはマニュアルや他の運転手からも聞いているだろうから、自分が話してやることは特にない。
「仕事内容は把握している?」
念のためだ。
もし分からないことがあるなら、今のうちに聞いておいた方がいい。どうせ運転手に会う機会なんて、サブになった瞬間になくなるだろうから。
「暗殺者の送迎ですよね」
「そう。メールは全部すぐに消えるから、一瞬で内容を読んで、写真も一瞬で覚えないといけない」
「運転には自信があります」
「記憶力は?」
「えっと、普通です」
新入社員みたいだ。一般企業に入社したときは自分もこんな感じだったな、と思い出す。
けれど、ここは一般企業ではない。
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