第3話

 昼の一時に目が覚めたサツキは朝食という名の昼食も食べずにメイクをし、お洒落をして家を出た。

 最近はたて続けに出勤で、着飾って外へ出るのは久しぶりだった。


 出勤回数は多くはないが少なくもない。しかし、サツキの見立てだと忙しくなりそう、というのが正直なとこだった。つい最近、百人を超える様々な国籍の集団が詐欺や殺人を繰り返している。その集団が国内に入り、色々な地で暴れているとニュースになっていた。学校は休ませようと、子に自宅待機を命じる親も多いのだとか。国のトップも注意喚起をしている。


 サツキは、上も騒いでいると想像し、激務になりそうな予感がしている。そいつらの騒ぎに乗じて殺しをする方が良いと思っているが、大々的に注意喚起を出されると警察の警戒も強まり、こちらの仕事ができなくなるのも事実。

 仕事が増える前に欲しいものは買い、楽しんでおこうとした。


 大きなデパートの地下にある化粧売り場に行き、目についた可愛いものや直感で欲しいと思ったものはすべて買い漁る。服や小物も同様に購入し、ほくほくの気分でカフェに入った。


 昼食も、昨日の夕飯も食べていなかったのでお腹の虫は鳴り続けていた。

 窓側の席に座り、サンドイッチと珈琲を注文した。


 たくさんの荷物が邪魔で、先に食べればよかったと後悔した。

 注文した品がくると大きな口を開けて出来立てのサンドイッチを貪る。


 美味しい。


 もぐもぐと口を動かしていると、視界に女性が入り、何やら立ち止まっている様子だったので視線をそちらにやった。そしてすぐにここへ来たことを後悔した。


「もしかして、ピイ?」


 茶色の髪を緩く巻き、清楚なワンピースを着ている女性は以前の同僚だった。

 サツキがまだ一般の会社で働いていたとき、毎日のようにお喋りをしていた人。毎日失敗を繰り返し、上司に怒られてピーピー泣いている私にピイというあだ名をつけた張本人だ。


 以前の職場からは遠く遠く離れたこの地で、まさか元同僚に遭遇するとは思いもしなかった。目が合った瞬間に反応してしまい、人違いで通じる雰囲気ではなかった。


「久しぶりー!真理だよ、覚えてる?」


 覚えているかと聞く割には、覚えていると確信している言い方だった。

 サツキは笑顔で「覚えてるよ」と返した。


「もしかして一人?ここ、座っていいかな?」


 この店に入ってきたということは、真理もここで食べるつもりであったのだろう。「人が来るからごめんね」と嘘を吐き、他の席に座らせても店から出るときに一人だと分かると、真理の中に妙な違和感として残る。さっきは人が来ると言っていたのに、嘘を吐いたの?と。

 サツキはこの仕事を始めてから、些細な違和感を残すことすら躊躇うようになった。何かの拍子に、その違和感がきっかけで自身が破滅するかもしれないからだ。


「うん、いいよ。でも私この後用事があるから、長くは居られないけど」


 結局相席を許し、目の前に真理が座った。

 真理はサツキと同じものを注文し、身を乗り出して話し始めた。


「すごい久しぶりだねー!それに買い物たくさんしたんだ」


 真理が指摘したのはサツキの横に置いてある、たくさんの化粧品が入った袋だった。


「あぁ、これね。自分のと友達のプレゼントと、後は頼まれてたやつ。どうせならまとめて一回の買い物で済ませようと思って」

「へえ、高かったでしょう」


 実際、同年代の女性が一か月に貰う給料を超えた額だった。


 一体その金はどこから出てくるんだ、と言わんばかりの視線がサツキを刺した。

 この仕事をして三年が過ぎた。嘘を吐けなければやっていられない。三年前に比べて上手くなった作り笑いを浮かべ、演技をする。


「頼まれたのも結構あるからねー。そういうのは全部本人からお金預かってるから、私の財布はそんなにダメージ受けてないよ」

「あぁ、そうなんだ。手が出ないブランドとかあるから、すごいなと思ってたんだぁ」

「あはは。田舎に住んでる友達は街に出るのが難しいから、たまに頼まれるんだよ」

「そういうことかぁ。ちなみに、今何の仕事してるの?」

「それはこっちが聞きたいよ。何でここにいるの?」


 ここで知り合いに会うとは予想外だった。前の職場はエリアCにあり、ここはエリアTだ。離れすぎているから上はこのエリア担当をサツキに任せた。

 距離を考えるときも仕事で使用するエリアで考えていることに気付き、三年で真っ黒に染まってしまったなと内心苦笑した。



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