第六話——任務
あれから約一週間。僕は、初任務の日を迎えていた。
頑張って早起きして、朝の薄明のうちにソラノちゃんに会いにいった。
「今日だよね」
「うん。本の地図を開いて、森で待ってて。本もできるだけアップグレードしたから、通信機能もついてるよ」
向こうの世界にも、天才的な技術者はいるみたいだ。
「苦戦してたり、困ったりした時のために、便利でしょう?」
特に今回は初任務だし、とソラノちゃんが僕にくれた本を持って言う。
「うん。安心感が違うね……でもさ」
僕はついに、ソラノちゃんから本を受け取って、この約一週間考えていたことを言うことにした。
「このローブなに!? かわいすぎない!?」
僕が土曜日に渡された服は、薄い青とオレンジのグラデーションが施され、胸の辺りで止めるのはキラキラした飾りの月のビーズ。
おまけにレースのついたフードや裾。薄明時間の空を表すかのようなローブはとてもかわいい、のだけれど……。
「でしょー!? 私が着たいくらいなんだけどぉ!!」
「いやいやいやいやいやいや。そうなんだけどそうじゃないの! 中三が着るものじゃないって!!」
こんなの着てる姿を(特にクラスメートに)見られたら、どう言い訳しろってよ!?
「じゃあ変装すりゃいーじゃない! ほら、伊達メガネ貸すわよ」
「……ありがと」
このメガネも、とんでもなくかわいかった。ソラノちゃんの趣味が透けて見えるね。
「せめて髪型変えるかぁ……」
初めてする除霊よりも、周りの目が気になって仕方がない。
そんな会話をしたのが今朝のこと。
放課後、僕は部活を早めに終え、お手洗いで髪型を変えて校外にでた。
ちなみに一本の三つ編みから高めのハーフツインに変えた。
いつもはピンできっちり止めている長い前髪も下ろして、耳にかけている。
……学校ではまずこんな髪型しないので、ほぼバレることはないはず。
ずっとカバンに忍ばせていたローブと伊達メガネを取り出し、装着。
…………いやこれガチで恥ずかしいぞ。どうすんの。
『本を開いて待ってて』って言ってたっけ。
まだ人の多い、大通りを避けるようにして路地裏に入って、本を開く。
「てゆーか、あんためっちゃびびって——」
「うわぁあぁっ!?」
だ、誰——っ!?
「大声出さないで! ほら、私。ソラノだよ」
「あ、あぁ、ソラノちゃんね……はぁ。びっくりさせないでよ」
「本を開いたから繋がったのよ、はい、じゃあさっさと地図のページ開きなさい。もう薄明時間始まってんのよ」
「ふぁ、ふぁい」
ソラノちゃんは今までに見たことのない剣幕で僕に指示をする。
「
ソラノちゃんがそう言うと、地図の一点が淡く光る。ついでに僕の現在地も。
「あくまで予想だから、本当にここに来るかはまだ分からないわ。最悪、あんたは木のうろの前で待ち伏せしてもらうわ」
「……待ち伏せした方がよくない? 入れ違いも防げるし……」
「そうだけど。助けた人を送り返すのも大変でしょ?」
「それもそっか」
そんな会話をしながらも、僕は足早に現場?に向かう。
「……ねえ、ソラノちゃん。着いたんだけどさ。民家の中に入るのは流石にダメだと」
ソラノちゃんが指し示した地図で光っているのは家がある場所だ。
「インターホン押しなさい。返事がなかったらノックして、ノックしてもダメだったら会いてる窓を探して侵入しなさい」
ソラノちゃん、犯罪の指示役みたいになってる。
もう、別に他人だもんね……!?どうにでもなれ!
ぴんぽーん。
僕が意を決して押した割には間抜けな音が鳴った。
五秒ほど待って——返事が来た。
「はーい?」
やっば……普通にインターホンに答えてきちゃった!返事きちゃった!
しかもなんか同年代っぽい声!これはまずいっ!!
バレたら、帰り道で歌歌ってたら前から来た人に聞かれてた時くらい恥ずかしい!!
というか、家間違えた?もしかしてほんとはこの隣!?そもそもここじゃない!?!?
「なんか言いなさい、凛月……えっと、家の前になんかヤバそうなのありますよみたいななんとかかんとか……」
「え、えっと、その……」
ソラノちゃんが耳打ちしてくれたので、僕はしどろもどろ、何かを言おうとしたその時——。
「……きゃあっ!?」
「ふぇっ!?!?」
途端、声が途切れる。悲鳴!?え、まじ!?
「やっぱ来たみたいね。いきましょう、凛月!」
「わ、分かった!」
も、もう、どっちにしろ助けないとやばいやつだもんね!
「ドアの鍵、開いて——」
拍子抜けしたところに、予想外の状況が僕を待っていた。
男の幽霊が——さっきインターホンに出ていたであろう女の子の、手首を掴んでいた。
中学生くらいの女の子は、ただそれだけなのに、首を絞められているようにとても苦しそうで、歪ませた瞳で僕を見ていた。
「思ったより人の形してるっ!?」
叫んでしまってから気づいた。僕は見事に、赤の他人の家に住居侵入を果たしている。
というかというか、僕がいつも見てた霊っていうのはもっとこう、こんな足生えてないよ!?
こんなの今まで見えなかったもん!!
えまって?これはただの事件って可能性ない?普通に強盗??ガチ不審者???
僕がただ幽霊って思い込んでるだけで——。
「凛月、一旦落ち着きなさい」
「……ごめん、ソラノちゃん。そうだね、集中しなきゃ」
ソラノちゃんは、ぴしゃりと僕を落ち着かせた。
「そいつは霊よ。確実に仕留めなさい」
「……分かった!」
僕は緊急事態といえどここは他人の家なので靴を脱いで、綺麗に揃えて入る。
「お邪魔しまぁぁぁすっ!!」
僕は気合いを入れて家に上がり込み——その幽霊の頭を、持っていた例の本で、バシンっ、と挟んだ。
霧を挟んだような感覚だったが、目を閉じていても、本に入ってくる何かを感じる。
恐る恐る、目を開けると、もうそこに幽霊はいなかった。
ポカンとした表情の、女の子が、肩で息をしているだけ。
「……あっあの、勝手に入ってごめんなさい! えっと、色々事情もあって、何でここにいるかはあんまり言えないんですけど、す、すぐ帰りますっ」
「いえ! 何だかよく分からないんですけど……助けてくれたんですよね。ありがとうございます」
僕がテンパって早口になってしまっているところを、宥めつつお礼を言ってくれる女の子。大人っぽい……。
……って、この人、うちの学校の高等部の人じゃん。年上じゃん。
僕より背が低いから分からなかった。僕は背が割と高い——バスケ部には背が高いだけで勧誘されて入ったし。
「すいません。じゃあ、帰りますね」
僕はもう一度ぺこぺこ頭を下げながら言う。
「……あの、うちの学校の中等部の子だよね? 岬ヶ丘」
「は、はい」
今の僕は制服の上にローブを羽織っている状態だ。ローブが舞い上がった拍子にバレてしまったようだ。
「かわいいね、そのローブ」
「……あ、ありがとうございます」
何だかこの人は雰囲気がふわふわしていて、とても……なんて言うか、目の保養になる。
僕たちは何度も何度もお互いに頭を下げまくって、僕はその家を出た——ローブとメガネを外して。
「凛月、初任務おつかれー! じゃあまた次の薄明時間に会」
ぶつっ。
市民薄明が終わったので、通信が途切れたようだ。
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