第五話——謎謎

「さて……」

 僕は昨日の夕方に迷い込んだ——もとい、招待された、あの木のうろにやってきた。

 もうすぐ日没のはず……僕は午前中、ソラノちゃんがくれた本や、自分で調べた文献を読み漁った。

 結果、まあまあの理解はできたと思う。


「うわっ」

 また、木のうろが昨日のように底なしの布の膜が張ったように曇る——そして、輝いた。

「なんかこういうの、ファンタジー小説であったなぁ……」

 僕はそう呟いて、思い切りそこに飛び込んだ。


「お! 結構早く来たね。朝の方に来なかったから、依頼をバックれたかと思ったよ」

 向こうの世界に着いた途端、ソラノちゃんが目の前にいた。

「流石に、部活で疲れた体を引きずって、そんな早朝に起きる気力はない……」

 朝の薄明は日の出の前……起きられる気がしない。


 え……?ソラノちゃん、ずっと木の前で待ってたの?丸一日?


「いや、だから、この世界は薄明時間しかないんだって。そっちでは夜があるけど、こっちの感覚としては、夜はスキップしたみたいなもん」

 あ、そうか……そうだった。この世界は、市民薄明の間のみ存在するというのだから、当たり前っちゃ当たり前……。

 僕が黙っていたから、ソラノちゃんはそのまま話し続けた。

「私の感覚としては、あなたが帰って、朝の薄明が来たから調べ物とか研究とかして、そろそろ夕方かなーと思って移動したら、丁度来たってカンジ」

 このまま放っておくと一生喋っていそうなので、とりあえず僕は話を変える。

 研究って何?とも思ったけれど、一旦放っておく。何せ、時間が限られているのだ。

 テストとバスケの試合の時以外にない、切迫感である。


「色々、聞きたくて来たの」

「なんでも聞いて〜。聞かれると思ってホワイトボード、引っ張ってきたのよ」

 ソラノちゃん一人で運べる大きさではないと思うので、他のこの世界の住人に手伝ってもらったのだろう。

 彼女はポケットからペンを取り出した。


「この世界って、市民薄明の間でしょ? 他にも、航海薄明とか、天文薄明があるって聞いたんだけど、どういう違い?」

「いい質問ね。市民薄明の言葉の由来は知ってるかしら?」

 僕より背が低いソラノちゃんが、高めの椅子に立って、書き始める。

「なんとなく。調べたら、人工照明無しでも屋外で作業ができるとか、だったけど」

「正解。市民薄明は太陽高度が約〇.八度から六度。夕方の場合、まだ十分に明るさが残っていて、この時間がこの世界が存在している時間帯ね。さっきあなたが言った通り、人工照明がなくても屋外で活動ができる明るさよ。そんで、航海薄明が太陽高度、六度から十二度。海面と空との境が、まだ見分けられるくらいの明るさだから、航海薄明。そんでもって天文薄明は、太陽高度、十二度から十八度。六等星までを肉眼で見分けられる位の明るさ……? って感じだった気がするなぁ」

 そんだけ喋って、書いた後で、何で自信なさげなの……??

 僕は理科が得意ではないので、太陽高度ってところがよくわからないんだけど。

「太陽高度の説明は正直わたしもわかんない」

「分かんないんかいっ」

 ソラノちゃんは、見た目通りのらしさを見せる。

「あーでも。なんかこっちにいる人で詳しい人が……あ、あったあった」

 ソラノちゃんが用意していたホワイトボードの裏に、何かの図が書いてあった。

 太陽が沈む角度のようなものと思っていいかもしれない。

「……なんか、地平線に沈んでから六度くらい下がるまで、みたいな?」

「地平線を〇度とするのか……」

 僕はソラノちゃんの説明を聞きながら、自分を無理矢理納得させた。こういうルール、理屈。

 ……よし。

「夕方は市民、航海、天文だけど、朝は逆なのか。なるほど納得」

「……なんかややこしいな。やっぱこの話もうやめよ」

 ソラノちゃん……そこはがんばってくれ。


「というか、凛月りつ? これ、引き受けてくれるってことでいいんだよね?」

「ん」

 僕は念の為、昨日もらった本——ソラノちゃんにとっては先ほどのことなのだろうけど——を持って来ていた。

「まあ、この本の地図のページで指示してくれるらしいって感じだし、これを使って……除霊するんでしょ? どんな風にやるの……?」

「…………私のイメージとしては、吸い込むか挟むか……ってとこなんだけど。そこら辺は持ち前の霊感で何とかなるでしょ」

 沈黙が挟まれたので、なんとなくまとめて置いたら便利だろう、としか考えていなかったようだ。

 ……って。

「いいいいやいやいやいや。僕、確かに霊感はある方だけど、霊力とか、そういうのは全然」

「えぇーうーん……なんとかなれーっ! って感じで」

「あの『なんかちいさくてかわいいやつ』じゃないんだが……」

 時間がないのに……ボケしてる暇ないって。

「まあ、引き受けてくれるならっ! なんと、世界を救う候補者凛月ちゃんに、プレゼントがありま〜す! どうぞ!」

 そこで、とても……奇抜な服装をした、大人の女性がでてきて、こう言った。

 まあ、デザイナーか何かなのかな?そんな人もこっちにいるのか。

「ソラノちゃんに『魔法少女』やってくれる人見つけるから作ってって言われて、思わず……可愛すぎたかな」

「僕そんな扱いだったの!?」

 思わず叫んだ。それもそのはず、僕に手渡されたのは——。

「あ、もうあと五分だから、そろそろ。もしまた何かあったらこっち来てよ」

「えっあっソラノちゃ」

 ぐいぐい、と背中を押されて、僕は言いたいことも満足に言えず。

「その本も、こっち来る時にちゃんと持ってきてね! 不思議な薄明パワーでアップデートするから」

 何それ!?不思議な薄明パワーでアップデートするって何!?


 僕は自分の疑問を解決するために来たのに、なんてことだ。

 謎が謎を呼ぶ、この世界では、時間があるという概念は存在しないらしい。


 気がつくと、僕はもらった服と、あの例の本と……。

 ソラノちゃんの使っていたペンを持って来てしまっていた。

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