第四話——困惑
その本に書いてあったのは、こういうことだった。
どうやらあの世界は、薄明時間の間のみ存在する、薄明世界という異世界らしい。
薄明時間というのは、日の出の前、日の入りの後の、太陽が見えないのに明るさが残っている時間帯のことだそうだ。
薄明時間は、市民薄明、航海薄明、天文薄明という時間帯があり、それは太陽の角度によって異なるとか……よく分からん。
僕が入れるのは市民薄明の間だけど、その後の航海薄明と天文薄明の時間にも一応存在してはいる……やっぱりよく分からん。
調べてみると、市民薄明は三十分程度。その間に何ができると。
時間を効率的に使うのは苦手なわけではないけど。かなり厄介……というか、難しいこと。
ここまではまだ、この世界で通じる知識だから良かったけれど、問題はここからだ。
どうやら僕は彼女——ソラノちゃんが言ったように、この渡された本を使って除霊をするそうだ。どうやって?
こう、本で、ばしっと霊を挟むってこと?そう思って、僕は試しに真ん中あたりのページを開いて、勢いよく本を閉じてみた……いや、無理無理無理無理。そんな物理じみたことで除霊できたら、いよいよこの世の中はどうなっているのだ。
そして、"なぜか"霊はあの世界に現実世界の人間を連れ込もうとしていて……あ、ここはソラノちゃんが言っていたことかな。『霊がこっちの世界に"向こう側"の人間を連れて来ちゃうと、二度と向こうには戻れない。現実世界からは、存在が消されるの』。これも謎。
悲しそうな彼女の表情を思い出すと、なんだかやりきれない気持ちになる。
そして、"なぜか"霊が現れるのは毎週金曜日の薄明時間——市民薄明の間。なんで?
ここも謎だけれど、とりあえず今は情報を飲み込む他ない……。
「あっ」
僕はふと思い出した。毎週金曜日といえば、両親とのビデオ通話の日だった。
「姉さーん。今日のビデオ通話あるー?」
「今、すごく忙しいらしいから、私だけで済ませといたわよ。
僕が二階から叫ぶと、ため息をつきながら姉さんが階段下から目を合わせて言う。
「学校の中で何度も迷子になってる姉さんに言われたくないな」
「……それとこれとは別よ。さっさとお風呂、入っちゃいなさい」
姉さんが若干顔を赤らめて、目を背ける。誤魔化したな。
「ご飯食べたばっかりだよ」
「そっか。それならまだいいか」
僕が反論すると、すぐに納得して話すのをやめる。変に意地をはらずに、納得したら素直に引く。
「というか、その本何? なんか綺麗だね」
「ん。なんか、空に関する本」
「ふうん? 珍しいね、凛月が本読むって」
「そうだね。でもなんか、そういう気分の時もある」
うまい具合に僕は話題を濁した。
……すると、後ろから
「えいっ!」
後ろからぎゅーっと抱きついてくる。とても可愛い。なでなでしたい。
「小夜ちゃーん。僕はいるの分かってたぞ」
大人気なく、僕はにやっ、と小夜ちゃんの頭をぽんぽんする。途端、小夜ちゃんはほっぺを膨らませて、いかにも不満げだ。
「むぅ……
「小夜……私、本気でびっくりするからさ。もうやめてよね」
本気で姉さんが滅入っている。一体何回やったの?
「うーん、二進数数え方でも数え切れないかも」
……二進数数え法というのは、片手で確か31、両手を駆使して1023まで数えることができる数え方だ。
僕には説明が難しいので、数え方などは自分で調べていただきたい。
「……姉さん、小夜ちゃん。薄明時間って知ってる?」
「え? ……んー、知らない」
小夜ちゃんはそう返事をした。雑学が大好きな小夜ちゃんにしては珍しい。
「……私は、空がすごい綺麗な時間ってことしか知らないわね。美人薄明っていう言葉もあるわ。まあ、綺麗な人ほど短命って感じの意味だけど」
へぇ……さすが、国語が得意なだけある。
まあ、社会は前も言った通り赤点並みだけれど。
「凛月、私のことをモノローグでいじらないで頂戴」
「なんで僕のモノローグに入ってくるの……?」
変なところで敏感で鋭い。
「まあ、とにかく。凛月、暗くなってから迷子になるのはほんとに不安になるからやめなさい——なんかあったら嫌じゃない」
「……」
僕は本気で姉さんが心配していたことに気づいて、申し訳なくなってきた。
「次は気をつける」
僕がそういうと、姉は顔を背け、ぶっきらぼうにこう言った。顔が赤かった。
「そうして」
明日の夕方に、ソラノちゃんとしっかり話をしなけれならない——時間に限りのある、あの世界で。
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