第一話——入学

凛月りつ姉さん! 起きて——今日、結星ゆら姉さんの入学式でしょ!」

「あぅ……やめて、僕の布団が……まだ寒いよぅ……」

 妹の小夜さよちゃんに起こされて、しぶしぶ布団から出る。七時だった。


「まったく……僕は本来、まだ起きなくていいと言うのに……姉さんの入学式が、僕の始業式より一日早いから良くない」

「何言ってるの。私もだからっ」

 僕がぽつぽつと愚痴をこぼすと、妹は僕の背中をぱしん、と叩く。


「小夜ちゃんは……朝、強いよね……」

 僕は朝は低血圧で低血糖だから、なかなか起きられなくて。いつも小夜ちゃんに起こしてもらってる。

「その代わりといってはなんだけど、私は運動苦手だよ」

 口ではそんなことを言っていても、褒められて嬉しそうだ。


「おはよう凛月。まだ眠そうね」

 姉さんはすでに着替えも朝食も済ませたのか、本を読んでいた。

「姉さんおはよう。新しい制服似合ってる」

「中学からシャツの色しか変わってないわよ。適当言うんじゃないの」

「いたっ」

 今朝から妹と姉に小突かれてばかり。


「やれやれ。この前まで姉さんは中学生になったばかりだと思っていたのに」

「そうねぇ。早いもんだわ——そういえば、小夜も私と凛月がいた中学校入るの?」

「そうだね。中学受験になるけど、一緒に登校したいからさ」

 えへへ、と笑っているが、去年位からとてつもなく頑張って勉強している妹である。

「おこちゃまが〜」

「凛月姉さん、あんまり茶化すと朝ごはん下げるよ」

「やめて。食べるから待って……」

 小夜ちゃんの怖い顔に驚いて、起きてから十五分も経っていないのに、本日二回目の『やめて』が僕から飛び出す。


「姉さん、改めて、岬ヶ丘みさきがおか高校、入学おめでと」

 僕はトーストをかじりながら言う。

「入学っつったってエスカレーター式だけど。でも、ありがと。あと、凛月。あんたはまず高校に問題なく入れるように勉強がんばりな」

 姉さんは社会以外は成績上位者だ。……でも、社会だけは赤点スレスレ。

 でも、姉さん。僕に対して冷たくない?


「いや……中学校は義務教育だし、岬ヶ丘附属中みさきがおかふぞくちゅうは中高一貫だから、別に勉強しなくても、僕は高校行けるんだよ」

 僕が明らかに姉の言うことを聞く気のない反論をすると、

「高校に行くと、勉強の難易度跳ね上がるわよ。この中高一貫校、他の学校と勉強の速度とかはそんなに変わらないけど、ちゃんと復習しないと——」

「耳が痛い。お母さんか」

 姉さんは話を始めると止まらない、マシンガントーカー……。

「凛月姉さん、誰のおかげで中学受かったと思ってるの」

 妹が姉を諭す。不真面目な姉で申し訳ない。それでも僕はひねくれた相槌を返す。

「お金を出してくれた両親」

「そうだけどね?」

 そんな話をしているうちに、僕は朝食を食べ終わった。


「凛月姉さん、あんまりのんびりすると遅れるからね。ぱっぱと着替えて」

「はーい」

 どっちが姉なのか、これじゃわからない。

 僕たち家族を学校のポジションで例えるなら、結星姉さんは先生。

 僕は劣等生で、小夜ちゃんは優等生。


 両親は?


 両親は、遠征中で、一緒に住んでない。僕たち三人は、いつからか、この森に姉妹だけで住んでいる。


 まあ、そんなことはどうでもいいの。

 僕は小夜ちゃんに言われた通り制服にさっさと着替える。

 僕は動きやすいジャージとかの方が好きだけど。

 なんてったって僕はバスケ少女だから。小学校から続けていて、本当に好きだ。中学でもバスケ部に入っているし。

 ……バレーとか、バドミントンも気になっているけれど。


「姉さん、いつもより着替え早いね」

「当たり前よ。愛する姉の入学式に寝坊気味で起きて、その上、妹に急かされて着替える中学三年生僕っ子女子なんて、この世にはいませんよ」

 棒読みで言われてもなぁ、と小夜ちゃんはぶつくさ言っている。


「ほら二人とも。遅れるから、早く行くよ」

「はーい」


 家の玄関を出る。木と、土と、緑の匂いがする、我が家。


 学校名、県立岬ヶ丘高等学校附属中学校。

 アクセス、僕の家から徒歩二十分くらい。

 生徒数、高校、六百人、中学、四百人。

 偏差値、高い方ではないけど施設が綺麗。

 ……多分、人気?


「着いた……歩きだと気持ち、遠いね。この学校、自転車登校できるのに、使わないの?」

 小夜ちゃんは去年の僕たちの文化祭も自転車で来ていたから、少し遠く感じるのかもしれない。

「小夜の自転車今修理に出てるからね……まあ、もうちょっとの辛抱よ」

 小夜ちゃんの自転車は水色で、カゴがついている。シンプルだけど、僕も欲しいくらいおしゃれなものだ。


「僕は体力ないとやってけないから、徒歩でいいんだよ」

 僕が言うと、

「姉さんたちは割と体力あるからいいんだよ……私、もう無理」

 小夜ちゃんがしゃがみ込んでしまった。僕はとっさに周りの座れる場所を探す。


「……姉さんはもう行ってきて。僕たちは別で受付済ませてどっか座るし」

「分かった。気をつけてね」

 姉さんは足早に靴箱の方へ行って、友達を見つけたのか、話し声が聞こえてきた。


「ほら、小夜ちゃんここに座ってて。僕は受付してくるから」

「あ、ありがとう姉さん」

「礼には及ばんよ」

 見慣れた学校で受付をするのもなんだか……変な感じだな。


「姉さん、こう言う時頼りになるよ。私、初対面の人と喋るの苦手だから」

 小夜ちゃんの所に戻るなり言われた。

「そう? そんなもんかなぁ」

 いきなり褒められて、動揺したけれど……そっか、まあ、自分じゃわからないもんだな。


「……ん?」

「姉さんどうしたの?」

「……いや、なんかな。後ろを誰か通ったと思ったんだけど。誰もいなかったわ」

 ふわっと何かがね。冷たい風が来た気がしたのだ。

「姉さん霊感あるし、そう言うこと言われるとなんか」

 若干小夜ちゃんが青ざめている……気がする。

「待って小夜ちゃん! 引かないでっ。気のせいかもしれないしっ」

「冗談だよ。でも……結星姉さんだったらすごい怖がりそうだから、黙っといてよね」

「はいはい」


 まるで僕の思考を読んだような発言をする。ちょっとからかおうかな……と思ったくらいなのに。

「そろそろ行こっか。席無くなっちゃうかも」

「うん」


 呑気な僕は、その数週間後に何かが起こるとも、巻き込まれるとも……。

 世界の存続を担う人になるとも、微塵も思っていなかった。

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