第42話
それにしても、とカナはリョウの懐を凝視する。
できたてほやほやの死体は、銃殺された。それはリョウの持つ拳銃によってだ。
幹部の傍には拳銃が落ちており、銃に銃で対抗したことがうかがえる。
カナは銃に触れたことはなく、初めて見るそれとリョウの懐を交互に見る。
今、この場にはカナとリョウの二人だけ。
そしてカナの傍には、銃が転がっている。
応接室の前で聞き耳を立てていた時は、発砲音が二回した。
死体には額と喉に一発ずつ撃ち込まれた形跡がある。
リョウが二発発砲したのだ。
となると、カナの傍に落ちている幹部が所持していた拳銃の弾は、一発も消費していない。
背筋がざわついた。
これは、好機なのではないか。
リョウを盗み見ると、こちらを気にしている様子はない。
落ちている拳銃はカナの体に隠れ、リョウから死角のはず。
絶好の機会だ。
カナはゆっくりと腕を伸ばし、音を立てずに拳銃を持つ。
初めて持ったが、想像よりも重い。
この引き金を引いたら銃弾が飛び出る仕組みであることは、知識がなくても分かる。
銃口をリョウに向けて発砲すれば、リョウは倒れるだろう。
呼吸が荒くなってきたが、バレないようにぐっと堪える。
片手で持つには難しく、両手で拳銃を握って勢いよく振り返って高級そうなソファに座っているリョウに銃口を向けた。
「え!」
するとどうだ。
いつの間にかリョウは右手に拳銃を持ち、カナに銃口を向けている。
「せ、先輩、私を殺す気ですか?」
「よく言えますね」
カナは顔を青くする。
「なんで私を撃とうとしてるんですかー!?」
「お互い様では?」
「だから、なんでですか!?」
青くなりながらも理由を訊ねる。
カナは初心者であるが、リョウは先程二発の弾丸を幹部に浴びせ、どちらも命中している。初心者でないことは間違いない。
互いに発砲すれば、リョウに分があるのは明らかだ。
「二人きりの部屋に、転がっている拳銃。カナさんにとって絶好のチャンスですよね」
「うっ、そんな…ことは…」
「カナさんが不審な動きをし始めたので警戒しました」
「何もかもお見通しってことですね。先輩、そんな物騒なものを後輩に向けないでください」
「そんな物騒なものを先輩に向けるのはどうかと思いますよ」
数秒沈黙が走り、先に動いたのはリョウだった。
溜息を吐くとソファから立ち上がり、あろうことか拳銃を懐にしまった。
「では今からカナさんの元へ歩み寄りますので、その間に撃ってください」
「はっ?」
「お好きなタイミングでどうぞ」
そう言うなり、一歩一歩カナと視線を絡ませて足を動かす。
リョウとの距離は長くなく、十歩もないだろう。
カナは慌てて銃を握り直す。どこを狙えば即死だろう。頭か、顔か、胸か。どんどん距離は縮まり、カナは的が大きい胸元に狙いを定め、引き金を引いた。
目を瞑るのは勿体ないので、苦痛に歪む面を拝むためにも両目をかっぴらいて引いたのだが。
「…あれ?」
カチカチと小さく音が鳴るだけで、満足に引くことができない。
「え?え?」
弾丸が出てこない。
何度も引き金を引いてみるが、動いてくれない。
その間にもリョウは歩みを止めることなく、カナの目の前まで来た。
銃口はリョウの胸にぴったりとくっついている。
「終わりです」
カナから拳銃を取り上げ、テーブルに置いた。
「な、何をしたんですか?」
疑問符を浮かべるカナを見て、ふっと笑った。
「危ないですからね。こういうものには、安全装置がついてるんですよ」
「安全装置…」
「カナさんはそれを解除しなかった。ただそれだけです」
無知が仇となった。
肩を落とし、ショックの色を隠さない。
「それで、どう落とし前をつけますか?」
「...えっ」
「カナさんは堂々と僕の命を狙いました。どう料理しましょう」
腕を組んで思考を始めるリョウに、カナは慌てて反論する。
「ちょっとした悪戯だったんです!本気で殺そうなんて思ってませんでした!」
「前科がありますからね。信用できません」
「それに、先輩死んでないじゃないですか。未遂ですよ、未遂」
「世間では殺人未遂でも逮捕されるんですよ」
「こ、ここは世間じゃないですし」
折れないカナの肩を軽く押し、よろけたところを見計らって足を引っかけた。
「うわぁ!」
背中を床につけ、大きく転げたカナは起き上がろうとするが、額に冷たいものが当たったことにより阻まれた。
今日何度も目にしている拳銃。それがリョウの手により、カナの額に突き付けられていた。
血の気が引く。
「こ、こりは…なんでしゅか…」
ちびりそうだ。
「さぁ、なんでしょう」
今までリョウの命を狙ってきたが、いざ自分の命が脅かされると震えあがってしまう。
他人が死ぬのはいいが、自分は死にたくない。
そんなカナの思いを見抜いたように、リョウは薄く笑みを浮かべた。
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