第41話

 幹部を殺さなければ自分が殺されていた。

 幹部が死のうが生きようがどっちでもいい。どっちでもいいから、殺すことに躊躇はなかった。

 動かなくなった幹部を眺め、この後のことを考える。

 回収班の幹部は、いてもいなくてもいいという声が他部署ではあった。つまりそれは、今死んだこの幹部の存在価値がないに等しいということだ。

 ただ、この幹部は色んな人間に媚びを売っていた。媚び諂う態度だけではなく、手土産も渡していたはずだ。金か、生きた人間か、死体か。何を手土産にしていたかは知らない。それをあてにしていた輩もいたことだろう。

 そういう輩が「あいつは利用しやすい奴だったのに、どうして殺したんだ」とリョウに矛先を向けることが想像できる。

 それによってリョウは殺されるかもしれない。

 けれど存在価値のない幹部をそこまで思う輩はいないかもしれない。

 リョウは自分の価値とこの幹部の価値を天秤にかけ、自分の方が重いと自負している。

 今まで様々なところで人脈をつくった。

 その人脈がリョウを生かしてくれることに期待する。

 携帯を取り出して、上へ連絡する。

 この幹部の、上の人間だ。

 それより上の連絡先は知らない。

 事の経緯をすべて打ち込み、送信ボタンを押すと同時に応接室の扉が勢いよく開いた。


「先輩!!!!」


 大声で入室したのはカナだった。

 その手にはボールペンが握られており、ペン先をこちらに向けている。


「カナさん?」

「せ、先輩!じゅ、銃声が!」


 焦りながらきょろきょろ見渡し、幹部の死体を視界に入れるとカナの動きが止まった。


「あ、え?」


 ペン先を幹部に向けて恐る恐る近寄り、血を流して動かなくなっている幹部の顔を覗き込む。


「先輩が殺したんですか?」

「はい」


 隠す必要はない。

 リョウしかいないこの部屋を見れば、誰が殺したのか明らかだ。


「カナさん、そのペンは?」


 カナが握っているボールペンが気になり訊ねると、「えへへ」と照れ笑いした。


「実はずっと扉の前にいたんです。先輩が殺されちゃうかもしれないと思って、突入しようか迷ってたら銃声が聞こえたので、胸ポケットに入れていたボールペンを武器にして突入しました」


 拳銃にボールペンで対抗しようとしていたカナに呆れる。


「先輩、これはやらかしましたね。幹部って、偉い人ですよ。この前の一件で無能感のある人だとは思いましたけど、それでも幹部を殺すなんて部下としてあるまじき行為で…」

「楽しそうですね」

「えっ、分かります?私は今、ざまあみろって気持ちでいっぱいです」


 きゃっきゃと、まるで宝くじが当たったかのようにはしゃぐ。

 銃声が聞こえた時、リョウが死んでしまったのかと焦ったが、違うと分かって安堵した。その上、あの幹部が死んだのでカナはとても浮かれている。

 ばんざーい、と笑顔で両腕を上げているカナを見て、ちょっと可愛いななどと思ってしまい、リョウは表情を引き締めた。


「カナさん、体は大丈夫ですか?」

「あぁ、体は…」


 カナは考えた。

 この怪我はリョウのせいでできたものだ。

 リョウがあの時避けなければ、カナが落ちることはなかった。

 少しくらい、意地悪してもいい気がする。


「あ!痛い!」


 いたたた、と頭を押さえ、ふらつく振りをする。


「痛い!痛い!あぁ、痛い!頭が割れるみたい!」


 両手で頭を押さえ、「あー!」と壁に背を預け、そのまま床に座る。


「凄く痛い!痛いよ!せんぱーい、私の頭が割れそうです!あぁ、先輩のせいで、あぁ、痛い!」


 大袈裟に痛がるカナを白い目で見守り、「大丈夫そうですね」と言い放つとカナはリョウを睨んだ。


「痛いって言ってるじゃないですか。先輩のせいですよ、先輩のせいで私はこんなに痛い思いをしてるんです。このままじゃ頭が割れそうです。今にも出血しそうです」

「そういうのを元気というんです」

「か弱い女子が痛いって言ってたらそれは痛いんです」

「へえ」


 興味なし。

 カナは頬を膨らませてぐちぐちと文句を垂れる。

 実際に身体はまだ痛いが、大したことではない。

 腰を上げて幹部の死体に近づき、顔を眺める。

 やはり死体は美しい。

 死んでいる人間の顔が一番綺麗だ。

 今はチェーンソーを持っていないので切り落とせないのが残念だ。

 持ち帰って家で切断しようかと悩んだが、仮にも幹部であるため持ち帰らない方がいいだろう。

 コレクションと言える程、部屋に飾り物はない。もっと増やしたいのだが、死亡してすぐの死体が欲しい。腐敗が進んでいたり、虫が集っているものは嫌だ。好き嫌いをしていると、回収できるものが少ない。人の目が怖いので自殺名所に毎日通うことはできず、一定の期間を置いて通っている。そこで好き嫌いをすると、回収できる数が減るのだ。

 できたてほやほやの死体が目の前にあるのに、持ち帰れない。

 カナは唇を噛みしめて我慢した。


「それで、この新鮮な死体どうするんです?安置室に運びますか?」


 半ば投げやりな言い方になった。


「いえ、返信があるまで待ちます」

「返信?」

「上からの指示を待っています」

「じゃあそれまでここで待機ですか?」

「はい」


 どんな時も落ち着いて対処するリョウにさすがだなと感心した。

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