第40話
応接室の中では、リョウと幹部が向かい合って座っていた。
リョウは自分が呼び出された意味が理解できないが、大方の見当はついている。それを咀嚼して呑み込めるかと問われると否だ。ふてぶてしい態度の幹部を前にして、溜息を吐きたくなる。
「何で呼ばれたか、分かる?」
苛立ちを隠そうともせず、人差し指が膝の上をリズムよく叩いている。
その人差し指には大きなダイヤの指輪が嵌められている。
白衣といい、指輪といい、見える形で飾らなければ気が済まない男だ。
何故呼ばれたかを問うているのも、「分からないなら教えてやろう」と、上からものを言いたいからだ。
リョウに心当たりはなく、「分かりません」と答えた。
「さっき運んできた死体、盗まれたんだよ」
見下すように笑う。
それ以上語ろうとしない幹部が欲しがっている言葉を投げるべく、口を開いた。
「どういうことでしょうか」
教えを乞うリョウに、にんまりと顔を歪めた。
「死んだ男の相方が取り出して、そのまま行方をくらました。どう責任をとるつもりかな?」
それは死んだ男の相方の責任であって、自分の責ではない。
にんまり顔はいつの間にか険しくなっていた。
また他部署から文句を言われたのだろうか。
リョウが死体を運んでからまだ数時間しか経っていない。死体を取り出すのは、解剖班が多い。
こんな短時間で幹部が呼び出してきたということは、解剖班が急ぎ死体を必要としていたのだろう。
部下の失態は上司の失態、と聞くがこの男にとっては部下の失態は部下の失態なのだ。
部下の責任は別の部下に負わせる。
よくこれで幹部までのし上がったものだ。
「それと、君の相方は階段から落ちたって聞いたよ。運んだ死体は盗まれるし、相方は怪我をするし、どうなってんの?」
「僕の管理不足です」
「それは分かってるから、どう責任とるの?」
「カナさんの怪我が治るまでは、一人で働きます」
「そんなことはいいから、死体を盗まれたことに対して、どう責任とるの?」
その責任をとるのがお前の仕事だろう。
そう言えるわけもなく、リョウは何も返す言葉がなかった。
「他部署から色々と言われたんだよ。すぐに必要だから、持ってこいってね。あの死体が今どこにあるかも分からないんだから、無理でしょ。そう言ったら、じゃあ別の死体を持ってこいって怒鳴られちゃったよ」
話が不穏な方向へ進む。
幹部は白衣のポケットから取り出したものを、リョウに向けた。
「…これは?」
「今の話、聞いてなかったの?君が死体となって、先生の怒りを鎮めてくれよ」
拳銃の銃口がリョウの顔に向けられている。
先生、というのは医者のことだ。
解剖班にいる解剖医のことを指している。
この幹部は、白衣を着ている人間に対しては腰が低く、名前ではなく「先生」と呼んでいる。
「別の死体を、と要望されたのですか?」
「そうだよ。あ、ちなみに、安置室にある他の死体は使わないよ。君が責任を負って死体となるんだ。それで先生は許してくれるだろう」
医者は機嫌の並が激しい。
今は激怒しているかもしれないが、リョウが死体となって解剖医の元へ届いた頃には怒りが収まっている可能性もある。
死に損。その言葉がふと浮かんだ。
自分に責任はなく、他人の怒りを鎮めるために命を落とす。これが死に損でないならば、一体何だ。
仕事に失敗して命を落とすことと、責任を擦り付けられて命を落とすことは違う。
自分はここで死んでいいのか。
「君がきちんと管理してくれないからこうなるんだよ。幹部候補みたいだけど、でも候補だから。君は幹部の器じゃなかった。皆買いかぶっていたんだろうね。わたしも騙されるところだった。危ない危ない」
やれやれ、と肩をすくめる幹部を前にして、リョウは頭がすっと冷めた。
初めから冷静であったけれど、残っていた熱がすべて消えた感じだ。
「でもさ、幹部候補って周りに言われて実は浮かれてたんじゃない?でもさ、それって今幹部のわたしが退いたらの話だから、浮かれてたってことは、わたしが退くことを望んでたってことになるよね。それってさ、わたしに失礼だと思わないの?」
幹部に興味はなかった。
昇進や役職を望んだことはない。
実力不足とも思わない。
情報部がそうであったように、リョウを欲している場所や人はたくさんいる。
幹部になりたいとは思わないが、「幹部になってくれ」と頭を下げられたら悩んだ挙句受け入れるだろう。面倒なことはしたくないが、組織に所属している以上、自分の感情一つで決めるべきではない。
この幹部がその座を退いてリョウが幹部になったとしても、リョウは落ち込む程嫌ではないし、歓喜する程浮かれることもない。
つまりリョウは、この幹部が死のうが生きようが、どうだっていい。
「おや、白衣に蠅が止まっていますよ」
「蠅?どこだ?」
リョウから視線を外し、自身の白衣に止まった蠅を探すように目が動くと、リョウは懐から拳銃を取り出し、引き金を引いた。
銃弾は幹部の額にめり込み、背もたれに全体重を預け、ぴくぴくと痙攣を起こした。とどめを刺すように、次は喉を撃ち抜いた。
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