第39話

「用はそれだけだ」

「待ってください」


 立ち去ろうとするワタリを呼び止め、体を起こす。


「おいおい、無理すんなよ。痛いだろ」

「当たり前ですよ。こんなに手当されてるんだから、痛くないわけないじゃないですか」

「そうかよ。で、何だ?」

「先輩が殺される可能性はありますか?」

「そりゃあ、あるだろう。こんな仕事してんだから、禄でもない理由で殺されることなんざよくある話だ。あの人がそんな人だとは、思いたくねえけど」


 それもそうだ。

 先日、リョウが呼び出された時と比べ、今回の方が話は重い。

 死体を回収しなかったことと、死体が奪われたこと。後者の方が重罪だ。ただ、それがリョウの責任というのが納得いかない。


「心配すんな。あいつは賢いから、なんとかするだろ」


 他人事のワタリにむっとする。

 リョウとは仲が良いと思っていたが、薄っぺらい関係だったのか。


「じゃあな。俺、まだ仕事が残ってるんだわ」

「どうも」


 関わり方や距離感が難しいな、とワタリは項を掻いて部屋を出て行った。

 残されたカナはベッドから飛び降り、靴を履いて走ると、丁度やってきた看護師と正面衝突しそうになった。


「す、すみません!」

「気をつけてください」


 濃い化粧の看護師は眉を吊り上げて言っていたが、そんなことよりも聞きたいことがあった。


「応接室ってどこですか!?」


 看護師に詰め寄ると、数歩下がりながら「さ、三階に…」と口にした。カナは礼も言わず必死に走った。

 エレベーターに乗り、三階のボタンを押す。

 一瞬で上へ上がればいいのに、ゆっくりと一階を離れ、二回を通過し、三階に到着した。

 もどかしくて足踏みをしていたが、チンと音が鳴ると扉が開き、一目散に小さな箱から飛び出した。

 片っ端から探していこうと思っていたが、カジュアルな服装の上に白衣を着た女が歩いていたので、そちらへ向かって走った。


「そこのお姉さん!」


 おばさんかお姉さんか遠目では分からなかったが、お姉さんと言っておけば正解だ。

 視線が絡むと、その女はぎょっとして目を見開いた。

 カナは女の両肩を掴むと、「応接室はどこ!?」と顔を近づけた。

 鼻と鼻がぶつかりそうな距離に女は引きながら、あっち、と指をさした。


「あっちじゃ分かんないでしょ!案内して!」


 女は書類を抱えていたが、カナはお構いなしに腕を引いた。

 手を振りほどかれることはなく、戸惑いながらも女はカナの速度に合わせて応接室前まで連れて行った。


「ここですけど…」

「ありがと。行っていいよ」

「はぁ」


 おずおずと軽く会釈をし、女は首を傾げながら戻って行った。

 あんなになよなよしていてここでやっていけるのか、と女を心配したが今はそれどころではない。

 応接室の扉に耳を付け、全神経を集中させる。

 声は聞こえるが、声量が小さすぎて何を言っているか分からない。

 応接室だからきっと広いのだろう。

 話の内容が理解できないまま入室したとしても、「後輩の躾もできないのか」と責められるリョウが目に浮かぶ。

 会話の中身を知ってから入室するか否かを決めよう。

 意識を耳に集中させて、小さな声から内容を掴もうと必死になるが、たまに通りがかる人間の足音で掻き消される。

 あぁ、もう、聞こえない。

 足音が聞こえなくなると、僅かに二人の声が耳に入る。


「….で、あ…が」

「だから…な…それ…」


 所々しかカナの耳には届かない。

 扉越しに会話を聞き取るのは無理がある。

 だからといって突入しても、リョウの分が悪いだけだ。

 リョウが幹部の手で殺されるのは嫌だ。

 リシという男の死体を女が奪って逃走したばかりだ。これを機にセキュリティをもっと厳重にするはずだ。そうなってしまうと、リョウが安置室に入れられた場合、カナはどうしようもできない。

 誰かの手を借りて取り出すことすら困難だ。

 この話し合いの流れでリョウの命が絶たれることだけは避けなければならない。

 そのためにはどんな話をしているのか把握したいのだが、これが難しい。

 入室はできない、帰ることも考えていない。このまま扉に耳を当て続けることしか、選択肢はない。

 頑張ってどうにか二人の話を聞こうと試みるも、やはり何を言っているのかさっぱり分からなかった。

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