第38話

 カナが目を覚ますとベッドの上だった。

 自分の部屋ではないことは真白な天井ですぐに分かった。

 額や頭部がひりひりし、腕や足もじんわりと痛みが襲ってくる。

 首を動かして周囲を見渡すと、ベッドがいくつか並んでいる。まるで病室だった。

 自分が何故ここにいるのかを思い出し、自業自得だと息を吐いた。

 階段から落ちた時、リョウが傍にいた。そして今ベッドの上にいる。病室に見えるがここは病院だろうか。

 人に言えないような組織で働いているが、そんな自分が一般の病院に入院なんてできるのだろうか。

 組織の息がかかった病院だとしても、こんなに広い病室にカナ一人だけというのは奇妙だ。

 それに、ベッドを仕切るカーテンはない。ベッドが並べて置かれているだけのここを病室と呼ぶには抵抗がある。

 ここが病院ならばナースコールがあるはずだが、そんなものは見当たらない。

 一体自分はどうすればいいのか。

 怪我の状態もよく分からない。包帯が巻かれ、処置はされているが果たして起き上がってもいいものなのか。

 そしてここはどこだ。

 きゅるる、と腹の虫が鳴る。

 腹は減ったが誰もいない。ナースコールもない。どうすればいいのだ。

 カナが天井を見つめながら考えていると、足音が聞こえた。

 看護師が来てくれたのかと扉を見ると、二度会った男が立っていた。姿を視界に入れた瞬間「うげっ」と無意識に声が出た。


「失礼な奴だな」


 よっ、と軽く手を挙げて入ってきたのはワタリだった。

 リョウがもう会わないように調整してくれるとかなんとか言っていた記憶があるが、嘘だったのか。

 自然と眉が寄ってしまう。


「そんなに嫌そうな顔すんな」

「してませんけど」

「言葉にも棘があるぞ」


 ワタリがカナのいるベッドまでやってくる。

 さっさと用件を話せ、とカナは顔で促した。


「リョウの相方にしては心の中が顔に出やすいのな。まあいい。帰るついでに、起きてたら教えてやろうと思って寄ったんが、本当に起きてるとは思わなかったぜ」


 ハハ、と笑う顔に拳を突きつけてやりたい。

 いいからさっさと話せ。


「リョウが幹部に呼ばれた」

「幹部に?」


 死体が七体あったが三体しか持ち帰らなかった件について、先日呼び出されていたはずだ。こんな短い間隔でまた呼び出されるなんて、何かあったのだろうか。

 前回の呼び出し内容は良いものではなかったため、今回も良いものではないような気がする。


「ここに来る前、死体を運ぶ途中だったんだろ」


 そうだ。階段から落ちる前、死体を車に乗せた。その死体はリョウが安置室まで運んでくれたはずだ。


「その死体な、なくなった」

「はい?」

「奪われた」


 安置室から死体を取り出すのは組織内の人間なら容易なことだ。セキュリティが厳重であり、誰がいつ取り出したのかは記録される仕組みである。その記録を確認すればすぐに分かるはずだ。


「犯人は分かってんだ。リシ、あぁ、その死体の男はリシっていうんだが、そいつの相方が安置室から取り出したんだ。そんで今、その相方が逃亡した。連絡がつかなくなって、消息不明」

「何で?」

「さあな。好意を寄せていた男が死んで、その死体を使われるのが嫌だったんじゃねえの?」

「妄想ですか?」

「好意を寄せてたってのは本当だ。あいつ等を知る奴は察してるぜ」


 好意が周知の事実なら、惚れた男の死体をいいように使われるのが嫌で、死体を持ち出したという話は頷ける。

 カナのような狂人でなければ、きっと埋葬か火葬をし、男を弔う。


「じゃあその女は、自殺でもするんでしょうね」

「やっぱりそう思うか?探しても無駄だろうな」


 その女の気持ちは分かる。リョウの死体が安置室に入れられたら、カナも同じことをする自信がある。そうならないために、階段から突き落とそうとしたのだが、失敗してカナがベッドの上にいる。


「で、それと先輩が呼び出されたことが何か関係あるんですか?」


 そこが一番聞きたいところだ。

 じろりと睨みつけるように見上げると、ワタリは苦笑する。


「前回と一緒だ。リョウの責任にされて、呼び出し」

「はぁ!?責任って、そもそも関係ないじゃん!」

「詳しくは知らねえよ。リョウを褒めるためじゃなさそうだったな」

「その幹部って頭おかしいんじゃない?」

「悪い人じゃなさそうなんだけどな。色々と事情があるんだろ」


 幹部の肩を持つ発言にカナはまた「はぁ!?」と不機嫌になる。

 責任なんてこれっぽっちもないリョウを説教のために呼び出すなんて、悪い人に決まっている。


「っていうか、ここどこですか」

「ラボ」

「先輩はどこに行ったんですか!」

「応接室だと思うが」


 ラボには案内図がない。よって、カナはラボにどんな部屋があるのかさえ知らない。

 ワタリがここはラボだと言い、リョウは応接室にいると言う。

 それはつまり、ラボ内の応接室にいるという意味だ。

 応接室というと、来客を入れる部屋だ。そんな部屋がラボにあったとは。


「へえ、その応接室って、何階にあるんですか?」

「確か、三階だったか。応接室なんて用がねえからうろ覚えだが、一階にはなかった気がするな」

「そうですか」


 ラボ内は不親切であるため、初めて安置室に踏み入れた時、ここは本当に安置室なのかと不審になったものだ。扉にも壁にも「安置室」とは書かれていない。不親切すぎる。

 応接室も、ここが応接室だと分かる目印はないだろう。直感を頼るか、一部屋ずつ中を覗いてまわらなければならない。

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