第35話

 忙しい忙しいと目をまわしていた少し前とは違い、最近は暇だなと感じるくらい仕事が少ない。カナはやることがないので、マカロンの形をしたクッションに座り、ノートにリョウ殺害計画を書き出していた。もうチラシの裏には書かない。

 リョウに「許していない」と言われたのは青天の霹靂であった。毒殺未遂があってからもリョウは態度を変えることなく接してくれていたし、気にしていないようだった。それなのに、実は密かに怒り心頭だったのだ。憤怒をこれでもかと全面に出すのではなく、感情を表に出さず静かに冷ややかに怒気を漂わせる。冷静沈着なリョウらしい表現の仕方だ。

 激昂した人間から怒号が飛んでくるのは嫌だが、静かに冷たくされるのも精神的に堪える。どちらがいいか、と問われたら「先輩なら後者がいい」と答えたい。リョウが大声で怒鳴りつける姿は想像できないし、なんか嫌だ。しかし、敵に銃で撃たれた瀕死のカナを見てリョウが敵に声を荒げる場面ならば受け入れる。自分のために怒鳴るリョウに、きゅんとくる。だが他人に怒る度、毎度毎度声を荒げるリョウはなんか嫌だ。リョウらしくない。これを幻滅というのだ。

 だからリョウは静かに怒りの炎を持ってほしい。「許した覚えはない」と言ったあのリョウは怖かったけれど、怒り方は正解なのだ。

 冷めた表情をしたリョウも、最高に美しい。

 カナは、げへげへと下品な笑い声を出した。


「はっ、違う違う」


 我に返り、頭を振った。

 殺害方法を考えていたはずなのに、いつの間にかリョウの顔を思い浮かべていた。

 口の端から零れそうになっていた涎を袖で拭き、ペンを握る。

 毒殺は一度失敗したから、もうやらない方がいい。

 となると残るは刺殺、銃殺、絞殺、撲殺等。物理攻撃となると、己の力がものをいう。撲殺をしようとしても、カナの非力な力では殺すまでに至らない。急所を攻撃して動けなくなったところを死ぬまで殴り続ける。悪くはないが、最初の急所攻撃が難しそうだ。物理攻撃は却下となった。

 しかしそうすると、選択肢がないように思う。

 撲殺も絞殺も、力が必要だ。利発な人間ならば己の力に頼らなくてもいい方法を思いつくのだろうが、カナにはそんな脳みそがない。

 銃を手に入れるのは一般人より安易であるが、扱い方が分からない上に、入手した際はリョウに伝わるだろう。毒を入手したときとはわけが違う。カナが銃を手に入れるならば、組織内の人間からだ。その場合、「何故回収班の人間が銃を?」と疑問を抱かれ、簡単に手渡してくれると思えない。それにリョウは顔が広く、カナに銃を渡した人間がリョウと顔見知りで、リョウに報告する可能性がある。

 そして何より、リョウは聡い。ペットボトルに混入させた毒に気付いたくらいだ。そう易々と息の根を止めることはできない。

 となると、人殺しを生業とする人間に依頼する選択肢が浮上した。カナの知り合いにそんな依頼を請け負ってくれる手練れはいない。知り合いでない人間に依頼したところで、心許ない。そいつが依頼内容を墓場まで持って行ってくれる確証はないからだ。

 カナとしては、誰にもバレずにリョウを殺したい。

 「カナがリョウを殺したんだって」と噂になれば、カナの首が飛んでしまうだろう。リョウは必要な人材であり、カナはただの新人だ。どちらが組織にとって有益な人間かなんて分かりきっている。

 死体を回収するだけの分際で人手不足に拍車をかけるな、とも言われそうだ。


「どうすればいいの」


 ペンを放り投げて天井を見上げる。

 お手上げ状態だ。

 そもそも、こうやってちまちま計画を立てること自体、向いていないのだ。性分ではない。

 選択肢を紙に書き出して、これはできない、これはいけそう、やっぱりできない、と書き出したところから、その上に二重線を引いていく。

 ノートは最初の一ページの半分も埋めることができなかった。

 真面目の真似事は無理だ。


「やめたやめた」


 ノートを破り、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り投げた。

 考えるだけ無駄だ。ない脳みそを使ったところで無駄なのだ。

 ノートを買ったのも無駄だった。

 なるようになる。

 事前に計画を立てるより、思い立って即行動する方が上手くいきそうな気がする。慣れないことはするものではない。


「寝よ」


 頭を働かせたら眠くなってきた。

 クッションから腰を上げてベッドに潜り込む。

 久しぶりに思考を巡らせたからか、すぐに瞼をおろして眠りについた。

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