第34話
ワタリはそんな男ではない。と、リョウは思っている。
あからさまに若い女に言い寄るような男ではない。はずだ。
どういう女が好みか、そういう類の話はワタリとしたことがないので、若い女を積極的に好むかそうでないかなど一切知らない。
だがリョウはワタリの仕事ぶりを知っている。カナが言ったような男とは重ならない。
カナの勘違いでは、と思ったがカナは大真面目に話している。カナの話だけでは真実が分からないため、どちらの味方もできない。
「では、次はワタリさん以外の方とペアになるよう調整します」
リョウにできることはこれくらいだ。
二人を知っているリョウからすれば、二人の相性は悪くないと思っていたのだが見当違いだったようだ。
カナはむくれた顔で「お願いします」と頭を下げた。
よほど嫌だったのだろう。
あまり掘り返さない方がいいかもしれない。
間があくとカナは「そういえば」といつものテンションで話を切り出した。
「話を戻しますけど、あのワタリって人に言われたんですよ。先輩は怒られるだけじゃなくて殺されるかもしれない、って」
「僕が?」
「でも先輩は有能だから、この程度で殺されることはないだろうとも言ってました。殺されなくてよかったです」
焦りましたよ、と付け加えるカナは先日リョウの毒殺に失敗したばかりだ。
自分のことは棚上げらしい。
「人手不足ですから、そう簡単には殺さないでしょう」
「でもこんな組織ですから、心配しましたよ。先輩が私の知らないところで死ぬなんて絶対に嫌です!」
「それはつまり、目の前で死ねと?」
「当然です。だってそうしないと…飾り物が…欲しいのに…安置室に入っちゃやだし…」
徐々に声が小さくなっていく。
飾り物とは、リョウの首から上の部分のことだ。
殺されなくてよかった、と言ったが、飾り物が欲しいとも言う。
カナの知らないところで死んでしまえばリョウの死体は安置室に運ばれ、容易に持ち出せなくなる。
だから目の前で死んでくれと。
この調子だとまた殺しにかかってくるだろう。
「今度はどうやって僕を殺す予定ですか?」
「うーん、毒殺は失敗しちゃったんで、物理攻撃ですかね…って、違います!全然!そんなこと微塵も思ってません!次も毒殺だと思います!!」
ついうっかり口を滑らせて言ってしまった。
必死に「毒殺予定です!」と言い張るが、殺す予定なのは否定しない。ついうっかり、考えていた殺害方法を口にしてしまったので、取り繕うべく別の殺害方法をちらつかせる。
素直だな、とリョウは呑気にも思った。
物理攻撃となると、金槌や鉄パイプで殴られるか刃物で刺殺されるかである。それを警戒するとなれば、運転席と助手席の距離では危ない。特に、リョウが運転している最中に攻撃されればどうしようもない。やはり運転は毎回カナにさせるべきである。
物理攻撃に備えてリョウが対策を考えていることなど露知らず、「次は食べ物に毒を盛るかもしれません」「やっぱり毒入りのリップクリームをプレゼントします」「いや、やっぱり毒入りクッキーです」と毒をアピールする。
「そうなんですね」
「そうです!気をつけてください!次も毒殺です!」
「毒殺であってもそうでなくても、殺害予告をするなんて失礼ですよ」
「うっ、すみません」
咄嗟に謝ったが、ふとリョウの最後の言葉に引っかかった。
待てよ、失礼と言ったか。
殺害予告を失礼の一言で片づけていいものなのか。
方法はどうあれ、殺すぞと宣言されたにも拘わらず「失礼ですよ」で終わらせた。
実際、毒殺されそうになったというのに。
それなのに、失礼の一言で終わらせたのは、まさか好意を抱いているからなのではないか。
カナは気づいてしまった。
そうだ、そうに違いない。
カナに気が無かったら怒っている場面だ。「失礼ですよ」で片づけたということは、好きな女に殺されるなら本望という意味と相違ない。
雷に打たれたような衝撃だった。
それならばリョウに「死んでください」と頼めば、聞き入れてくれるかもしれない。好きな女に頼まれたなら断れない。最初、リョウは首を横に振る素振りを見せるだろう。しかしその後、再び頼み込めば「仕方ないですね」と言って死んでくれる。そんな未来がカナには見えた。
「先輩!!」
確信したカナは自信満々に言った。
「死んでください!!!」
「は?」
間髪入れずに低く冷たい声色でリョウはカナの横顔を見た。
運転中なのでリョウの顔は見えないが、何故だろう、汚物を見るような目をしている気がする。
おかしいな。
「私も愛してるので、死んでください!!!」
「あ?」
「は?」でも「あ?」でもない、その間の一言だった。どちらかというと「あ?」寄りだ。
あれ、おかしいな。
車内の温度が一気に下がり、ぴりぴりとした空気が漂っているような。
「カナさん」
冷気がリョウから生産されているのかと錯覚するほど、カナの左側が冷たい。
「は、はい…」
おかしいな。
リョウから好意が感じられなくなった。
「許した覚えはありませんよ」
どくどくとカナの鼓動は早まった。
これは恋故のときめきなのか、それとも緊張なのか、判別がつかない。
ごくりと喉を鳴らし、冷や汗を流しながら「は、ははは」と誤魔化すための笑いをつくってみたが、リョウの口から何も発せられることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます