第31話

「幹部は男で、歳は多分五十くらいか?悪い人じゃなさそうだが、何せ一度会っただけだから分かんねえな」

「おっさんか…」


 五十歳の男が美しいわけがない。リョウなら五十歳になっても綺麗なままだろうが、リョウ以外は家畜又は虫だ。醜い容姿の男がリョウを説教するなんて、身の程を知れ。


「許せない」


 地を這うような声色でカナが呟くと、ワタリはひくりと口元を動かした。

 幹部に良い印象を抱いていないのは明らかだ。

 リョウが女に与える影響を改めて凄いと思う。


「今、どこにいるんですか?」

「それは俺も知らん」


 使えない。


「殺されてなきゃいいがな」

「...は?」


 無表情でワタリを凝視する。

 その視線をひしひしと感じ、自らの発言を後悔した。


「冗談だよ冗談!次の幹部様になるかもしれないって男が、この程度で殺されるわけねえだろ」


 笑ってみせたが、カナに安堵の色は見えない。

 じっとワタリを見つめている。

 その様子が、何かしでかしそうで怖い。

 まさかリョウが殺されると思って、何処にいるかも分からない幹部の元へ殴り込みに行くのは、と不穏な想像をしてしまう。


「…そうですね」


 そう返したものの、ワタリの発言は的外れなことではない。

 失敗が身を亡ぼす。

 犯罪組織で働いている以上、死は隣にある。

 リョウが怒られるだけで済めばいいが、最悪殺される場合もある。

 そうなればリョウの死体は組織の糧になるべく安置室に連れていかれる。

 飾り物にすることができなくなるのだ。

 やはり、早く行動するに越したことはない。

 カナの知らないところでリョウの命が絶えたなら、飾り物は手に入らない。

 自分で殺して、自分で飾る。

 これが最良だ。


「まあ、その、なんだ、あいつは賢くて弁が立つ。簡単に殺されはしねえよ。なんたって幹部候補だからな」


 落ち込むカナを励まそうと、明るい調子で言うがカナは反応しない。カナの頭の中はリョウ一色で占められていた。

 言葉も出せないくらい落ち込んでいると勘違いしたワタリは、励ましの言葉を並べたがカナの耳には何一つは言ってこなかった。

 ワタリは気まずくなりながらもラボまで運転し、安置室に死体を収めた後、さっさと帰りたい気分に陥ったが先輩として後輩の心のケアをすべきだと、進まない足を無理やり休憩室へ動かした。

 「休憩室で話そう」と言われたカナは怪訝な表情を隠しもせず、ワタリの後ろを歩いた。

 ワタリから真剣な話を匂わせられ、まさか、と眉を寄せた。

 まさか、告白でもするつもりだろうか。

 久しぶりに若い女と話したことで気分が上がり、恋人にしようと企んでいるのか。

 そう思うと、ワタリの足がスキップをしているように見えてきた。

 自分の歳を考えずに若い女と付き合おうとは、愚かにも程がある。

 大体、いつもリョウの傍にいるカナがどうしてリョウより老いている男に惚れるというのか。

 休憩室に入った途端、逃げ場を塞ぎ、カナが頷くまで外に出さないつもりかもしれない。

 そういうことをしそうな顔だ。

 若い頃はモテることなく、勉強と部活に熱を注いでいたタイプだ。多分男子高出身。女との接し方が分からないまま大人になったから大人の女には相手にされず、優しく相手をしてくれる若い女に目を向けている。恐らくそうだ。そんな顔をしている。

 この職に就いてから人と接することが減ったが、以前勤めていた職場では、似たような男がたくさんいた。

 若い女がよいしょしてくれるのを好かれていると勘違いし、「俺が仕事を教えてやるよ」と言って女の手に触りながら「こうやるんだ」と鼻息を荒くさせていた男。

 部下の女から愛想笑いをされただけで「あいつ俺に気があるんだよ」と飲み会の席で得意気になっていた男。

 「メールのやりとりができるアプリなんだが、使い方が分からないから教えてくれないか。ちょっとメールを送ってみてくれ」と、女にメールを送らせて連絡先をもらい、プライベートなやりとりを毎日のように強要していた男。

 どれも自分より立場の低い女に向けてのことであり、断ることができないと分かっていながら行っている。

 そして今、ワタリは上でカナが下の関係だ。

 カナが断れないと知った上で休憩室に向かっている。

 扉の前まで行くと、ワタリは開けようと手を伸ばす。


「先輩、ここで話しましょう」

「ここでか?」


 休憩室は目の前だ。手をかければ扉が開き、中へ入ることができる。

 カナが何故そんな提案をするのか分からないが、休憩室で話す方がいいだろう。


「休憩室ここだぞ」

「ここで、話しましょう」


 もしかして、この後輩に嫌われているのか。何かをした覚えはない。

 若干傷ついたが、嫌いな人間と二人きりで個室に入るのは遠慮したいということなら、仕方あるまい。無理矢理休憩室へ入ってもいいことはない。

 リョウのことを話すつもりだった。カナがあまりにもリョウを心配している様子だったため、よかれと思って話をしようと提案したのだ。

 車内でも繰り返し言ったが、リョウが殺されることはないぞ、リョウは凄いんだぞ、ということをもっと話そうとしていた。

 しかしどうやら、カナには嫌われているようで、訝しげな視線を寄こしている。

 信用されていないようだ。

 傷ついた心を誤魔化すように、ふうと小さく息を吐いた。


「…仕事に戻るか」


 ワタリは頭をがしがしと掻いた。

 カナは確信した。

 やっぱり下心があったのだと。

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