第30話
沈黙に耐えきれなくなったワタリは、共通の話題であるリョウの話を持ち出した。
リョウがどれだけ人気なのかをひたすら語るワタリを、カナは白けた表情で聞いていた。
人気ぶりは目の当たりにしているので、聞かずとも分かる。
カナの薄い反応を、他の女に嫉妬していると読み取ったワタリはリョウの人気話をやめた。
「そういえば、今日リョウがいない理由を知ってるか?」
「呼び出しですよね?よくありますよ」
幹部候補になっているくらいだ。任される仕事が多いのだろう。
「今日は違う理由だ」
ただの呼び出しではないのか。特別な用があって出掛けているのなら、何故それをワタリが知っているのだろう。
「俺はこの仕事をやって結構経つからな。それなりに情報網があんだよ」
「違う理由って何ですか?」
「お、食いついたな」
興味を示したカナに含み笑いをする。
「この前、死体を見逃しただろ」
「見逃した...?」
はて、そんなことがあっただろうか。
仕事はきちんとこなしている。
見逃すという表現が気になる。そこに死体があったけど、死角になっていて見えなかった。見逃すとはそんな意味だろうが、心当たりはない。
「覚えてねえのか?」
「記憶にありません」
「おいおい、ちょっと前のことだぞ。忙しかった時あっただろ、あん時だ」
他国からの侵入、の件か。
確かにこの前までは忙しかった。
忙しいなら、死体を見逃すことだってある。
カナは開き直ったが、やはり思い出せない。
「死体、置いて帰ったのがあっただろ」
「置いて帰った...?」
置いて、帰った。見逃した。
カナは「あ」と短く声を上げた。
「思い出したか?」
「はい。連絡では死体が三体ある、とのことでしたが実際には七体あったあの時のことですか」
「そうだ」
そういえばそんなこともあった。
カナは四体運べると思ったが、リョウが三体だけ運ぶと言ったのでそれに従ったのだ。
それ程前の話ではない。
すっかり忘れていた。
「それがどうかしたんですか?」
今日、リョウがいないことと関係があるような口ぶりだった。
もし関係があるのだとしたら、何故リョウ一人が呼ばれて自分は呼ばれていないのか。
「その時のことで、怒られに行ったんだよ」
「えっ?誰が誰を怒るんですか?」
「幹部が、リョウを」
「はぁ?意味が分からないです。だって、あの時入った連絡は三体だったんですよ。七体もあるなんて聞いてなかったし、近くに仲間はいなかったし、他の仕事もあったし、どう考えても怒られる筋合いなんてありませんよ。怒るなら間違った連絡を寄こした奴にしてください」
カナは顔を顰め、怒気を込めて言う。
とばっちりじゃないか。
それでリョウを怒るなんて責任転嫁も甚だしい。
あの時はリョウだけでなくカナも一緒にいた。リョウだけ呼び出して説教とは、納得がいかない。
「まあ、理不尽っちゃ理不尽だわな。あれは仕方ないぜ。ただ俺らの仕事は死体を回収することだから、幹部からの呼び出しも分からなくはない」
「分かりませんよ」
百パーセント、リョウの責任でないことは明らかなのに、納得がいかない。意味が分からない。
「幹部って、どんな人ですか?」
リョウの責任にするくらいなのだから、きっと馬鹿で阿保な奴だ。リョウの足元にも及ばない無能に決まっているが男なのか女なのか、歳はいくつくらいか、カナは何一つ情報を持っていない。
ワタリはこの職に就いて長いと、先程言っていた。幹部のことも知っているだろう。
「どんなって言われてもなぁ。滅多に会うことねぇから、俺もうろ覚えだが」
「性別とか年齢とか性格とか、全部教えてください」
安全運転を心がけながら、ワタリは眠る記憶を呼び起こす。
幹部は姿を見せない。本人が見せたがらないからではなく、関わることがないのだ。連絡は常にメールでのやりとりであるし、どこにいるのか分からない。
それでもワタリは、一度だけ姿を見たことがある。当時は今以上に人手不足が深刻で、幹部が現場の意見を直接聞きに来たのだ。そういうのは人事の仕事なのではと思ったが、他部署の人手不足も深刻だったため、死体を回収するだけの人間を雇うよりも先に雇うべき職種があったのだ。人事はそっちをどうにかしようとしていたようで、回収班は後回しだった。そのため、人事の手間をかけさせまいと幹部が出張って来たのだ。
悪の組織にもそんな善意があるんだな、と当時ワタリは意外に思ったものだ。
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