第29話
「まあリョウはできる奴だからなぁ。他部署からの信頼はある、幹部も気に入ってる、そりゃ引っ張りだこだ」
「そうでしょうね」
ついでに女人気も高い。
いつどこで誰がリョウに色目を使うか分からない。今まさにハリーから言い寄られているかもしれない。
カナはワタリと二人きり、ハリーはリョウと二人きり。想像すると、むかむかと腹の底から怒りが沸いてくる。
きっとハリーはリョウに出会ったら控え目に袖を掴み、情報交換をしようとか言ってリョウと二人きりになって会話に花を咲かせるに違いない。隣にはカナがいない、リョウが一人で歩いているのだ。チャンスだと積極的にぐいぐい行くだろう。
この前は忙しかったから断っていたが、最近は徐々に戻りつつある。特に忙しくないから話くらい、いいか。と、リョウが応じてしまったらハリーの餌食になってしまう。
会話を楽しんだ後、一緒に帰ろうと言って車に乗り、寝た振りをしてリョウを困らせる。リョウはハリーを起こすがハリーは目覚めず、仕方がないのでリョウが自宅に入れて寝かせる。そしてハリーは目を覚まし...。あぁ、吐き気がする。
リョウのことだから家に入れることはしないかもしれない。何が何でも起こすか、リョウであればハリーの家を知っていても不思議ではないので家まで送り届けるかも。できる男だ。仲間が帰る場所くらい把握している可能性もある。
ハリ―なんてその辺に転がしておけばいいのだが、優しいリョウはそんなことはしないだろう。
あぁ、腹が立ってきた。
こうしている間に女の毒牙にかかっていたら、と想像するだけで気分が悪い。
「リョウは賢いからな、次の幹部候補にも挙がってんだぜ」
「へえ」
回収班に一つしかない幹部の席。
幹部になったら会議に出席すること以外、何をするか聞いたことがない。
今の幹部の人のことも知らない。
幹部といえば組織の柱的存在だ。その候補としてリョウの名が挙がっているのはカナにとって「そうだろうな」としか感想が出てこない。
「元気ねえな、女の嫉妬でも買ってんのか?」
「それもあります」
「リョウは人気だからな。こんな味気ない仕事ばかりやってる女にとっちゃ、リョウは一輪の薔薇なんだろ。代わり映えのない職務の中、リョウと接するのが唯一の楽しみなんだろうよ」
唯一の楽しみはカナも同じだ。リョウの傍でリョウの顔を眺めてリョウと同じ空気を吸ってリョウと同じ車に乗ってリョウと同じ空間にいる。そしていつかリョウを飾り物にしたい。カナの唯一の楽しみもリョウである。
「お、着いたな」
ワタリは路肩に停車させ、車を降りた。カナもそれに続き、一体の死体を確認すると袋に詰めるべく頭部を持ち上げた。
「おい、こっち持て」
ワタリはカナに、死体の足を指して言った。
カナは頭部を持ちたい。何故なら死体の顔を堪能できるからだ。リョウならばカナの意志を尊重し、頭部をカナに任せる。
「私、頭でいいですよ」
「いや、足を持つ方が楽だろ。俺の相方はいつも足を持ちたがるぜ」
「大丈夫です」
「女は楽な方にしとけ、ほら」
そう言うと、ワタリは死体の頭部付近で足を折った。
無理やり死体の足を任されたカナは苛つきながら、仕方なく足を持った。
自分の相方が足を持ちたがるから、女は足を持つ方が楽なのだと解釈するのは如何なものか。後輩の意見を尊重するのは先輩の仕事ではないのか。
目に見えてむくれるカナだが、ワタリはそれに気づくことなく死体を車に運んだ。
リョウであればカナを尊重してくれただろうし、足を持てと指示する時も理由を教えてくれただろう。「女はこっちの方が楽だろ」と決めつけることなく、きちんとした理由を述べるはずだ。「楽だから」という理由を述べたとしても、カナが否定的であれば「そうですか」の一言で終わり、無理強いはしない。
リョウは外見だけでなく中身も良い男なのだ。
「じゃ、ラボに行くか」
ワタリが車を発進させたが、カナは何も言わなかった。
早くリョウに会いたい。こんな無精髭の男じゃなくて、リョウがいい。
さっさとリョウを飾り物にして一生一緒にいるべきだろうか。それとも自分が有能になってリョウが一人で仕事に行くことなく、一緒についていくことができるレベルまで能力を引き上げるべきなのか。どちらも難しそうだ。リョウは一筋縄ではいかないので、前者は長期戦を覚悟している。後者はカナ自身の能力値を上げることなので、これも長期戦だ。
世の中、そう甘くない。
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