第28話
忙しい連勤は終わりを迎え、カナはやっと一息つけるようになっていた。
詳しくは知らないが、国内に侵入してきた組織との戦が終わったのだろう。
カナは一息つけるようになったが、リョウは違うようで単独の呼び出しが多々あった。リョウとは部屋が隣なので、一日に何度も扉が開く音を聞いた。人手が足りず、けれど仕事はたくさんある。有能なリョウが駆り出されるのは仕方ない。
まだ使えない新人枠にいるカナはリョウのような呼び出しはなく、仕事の際は必ずリョウと一緒だった。隣の部屋の扉が音を立てる度に、ついて行きたいなと寂しい思いを抱えた。
忙しいのは嫌だけど、リョウが一人で仕事をするのも嫌だ。一緒に仕事をしたい。
いつチャンスが訪れるか分からない。
もしもリョウが一人で仕事をしている最中に命を落としてしまったら、リョウの死体は仲間の手によって安置室行きになる。カナが一緒にいれば、飾り物としてリョウを持ち帰れるのだから、リョウと一緒に仕事がしたいと思うのは当然のことだった。
今日もまた、リョウは一人で仕事に出かけてしまった。
今頃死んでいないだろうか、と心配しながらソファに身を沈めていると、携帯が鳴った。リョウは今、隣の部屋にはいない。それなのに、カナに仕事の連絡があった。もしかして、一人で行けということだろうか。仕事内容はいつもと同じく、死体を運ぶだけだ。一人で運ぶのは体力的に厳しい。不可能ではないが、効率が悪く、ちんたら運んでいると誰かに見られる危険性がある。一人で逃げ切れたらいいが、独りは心細い。
カナの杞憂は次に鳴った通知音で吹っ飛んだ。
どうやら今日はリョウではなく、他の人と仕事をするようだ。
独りでなくて安堵したが、リョウではない人間と上手くやれるだろうか。
男女で一組だから、相手は女ではないはず。堅物な男や軽薄な男は嫌だ。
一体どんな人間だろうか。
不安を抱えながら車に乗り込むと、見知った顔がそこにあった。
「よっ!」
「あ!」
運転席に座っていたのは無精髭のワタリだった。いつかラボの休憩室でリョウが情報部に引き抜かれるかも、と教えてくれた。
外は暗く、車に乗るまで誰が座っているか分からなかった。
カナがシートベルトを着用すると、ワタリはアクセルを踏んで車を動かした。
「久しぶりだな。俺のこと覚えてるか?」
「はい、ラボで会いましたよね」
「おう。今日はよろしくな」
「よろしくお願いします」
リョウ以外の男とドライブをするのは初めてだ。
暗闇の中、男女二人が乗車している車が駆け抜ける。
いつもの車はリョウが乗っているので、今はワタリが持ってきた車に乗っているのだが、小さな音量で音楽が流れている。ワタリの趣味だろうか。最近流行っているようなポップな音楽ではない。ロックバンドのような音だ。
夜道、二人きり、小さく流れる音楽。
なんだか雰囲気が作られているようで嫌だ。
ワタリはリョウより年上に見える。無精髭がおじさん感を一層濃くしており、客観的に見るとおじさんと二人きりでドライブしている光景だ。第三者からすれば、これはパパ活というものになるのではないか。
カナはしたことがないけれど、最近の若い子はおじさんとデートをし、対価として金を貰う。これがパパ活というらしい。金銭のやりとりはともかく、パパ活に間違われてもおかしくない状況だ。
そう思うと、なんだか無精髭が気持ち悪くなってきた。
この男、なんでもないような顔をして運転をしているが、脳は若い女を助手席に乗せているこの状況を、ドライブデートだと勘違いしているんじゃないだろうな。
普段からリョウとドライブデートを楽しんでいるカナだったが、そのことを棚に上げて横目でワタリを盗み見る。
急に襲いかかってきたりしないだろうか。
外は暗いし、助けを呼べる状態ではない。
この無精髭が襲いかかってくることを想像したら全身に鳥肌が立った。
やっぱり仕事はリョウと一緒にしたい。他の人間とこうして二人きりで車内にいるなんて耐えられない。
こんなおじさんとなんて絶対に嫌だ。
なんだか隣が臭い気がしてきた。
「今日は静かだな、前はもっと喋ってたろ」
前は休憩室だったし、リョウの話題だったから前のめりだっただけだ。
今は密室に二人きりでリョウはいない。
「そうでしたっけ」
しれっと窓の外を見ながら言った。
ワタリは気にせず「リョウがいないからか?」と苦笑した。
むしろそれ以外に理由がない。
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