第26話
三体の死体を安置室に収めると、カナはちらちらとリョウを気にしながら声をかけるタイミングを窺った。
カナから痛い程の視線を感じたリョウは「何ですか?」と歩きながら訊ねた。
「さっきの、ハリーって人とは仲が良いんですか?」
リョウの態度からしてハリーの一歩的な好意であることは分かったが、もっと踏み込んだ回答がほしい。
「仲が良いように見えましたか」
「全然です。あの人、サリーとは違う系統の人ですね」
「そうですね」
「サリーは気性が荒い女でしたけど、ハリーは清楚系な見た目ですね」
カナはどきどきしながら返事を待った。
これで「そうですね」などと肯定した言葉が出ようものならすぐにでも考えを改めさせなければならない。
「清楚系、ですか」
リョウは首を傾げた。
清楚系という部分に引っかかりを感じたようだ。
「先輩は、ハリーが清楚系に見えますか?」
ハリ―の容姿を思い出しているのだろう。
数秒考えた後、「いいえ」と返ってきた。
「そ、そうですよね!!あんな女、清楚系じゃないです!!クソビッチです!」
親の仇だとでも言わんばかりに燃えるカナ。
どうやらハリーをお気に召さなかったらしい。リョウは納得した。
歩みを止めず、次の仕事に取りかかるべく車に乗るが、そこでもまだ話は続く。
「で、どうして清楚系じゃないって思うんですか?あれは男なら誰もが清楚系だと騒ぐ見た目ですよ」
世の中の男は単純だから、すぐに騙される。
清楚を装ったビッチとは見抜けないのだ。
リョウが見抜いたのは、リョウが美形だからだろうか。真の美形はなんでも分かってしまうものなのかもしれない。
カナはアクセルを踏み、駐車場を出た。
あんなにも忙しい、疲れた、と訴えていた身体が急に元気を取り戻し、嬉々としてリョウと清楚系議論をしている。
「難しい質問ですね。見た目で言うならば、カナさんの方が清楚系でしょう」
「えっ?ど、どうしてそう思うんですか?」
清楚系だ、と言われて悪い気はしない。
「見た目の話ですよね?」
「そ、そうです」
「中身はともかく、見た目はサリーさんやハリーさんより、カナさんが清楚系だと思います。理由としては、清潔感があるからです」
「サリーとハリーは不潔ってことですか?まあ当然ですね」
「そうは言っていません。というか、あまり女性の見た目に対して言いたくはありません。まだこの話をするんですか?」
「はい、先輩の清楚論を教えてください!どうしてあの二人よりも私が清楚だと思うんですか!?」
カナは期待してしまう。
清楚系と言われ、なんだか告白されているような気がしてくる。
「カナさんが一番化粧っ気がないからです」
期待が音を立てて消えていった。
「そ、そうですか…」
「化粧には疎いので分かりませんが、カナさんは化粧が薄いですよね。香水の香りもなく、髪はいつも束ねている。そういう部分が清楚だと思います」
「は、はい...」
化粧をしていないわけではない。
リョウと一緒に仕事をしているので、常に気にしている。しかし、急な呼び出しには化粧する暇もなく家を出るので、すっぴんの時もある。
時間がある時はきちんと化粧をしているし、髪だってただ束ねているのではなく、オイルをつけたりと気を遣っている。
リョウの言っていることは間違いではない。
ただ、一番化粧っ気がないと言われて素直に喜べるかと言われると、躊躇ってしまう。
微妙な面持ちでいると、リョウは目敏く気付きフォローを入れる。
「そういう方面には疎いので、僕の意見は何の参考にもならないと思いますよ」
「いえ、参考になります…。ちなみに先輩は、厚化粧と化粧っ気のない女のどちらが好みですか?」
これで厚化粧と言われたらハリーは強敵になる。
リョウがそう言う確率は低いが、インテリ男はギャルを好むことがある。自分とは違う人間に惹かれるのだ。
リョウがそっち系の可能性だってある。
「化粧に好き嫌いはありません」
「どっちかって言うと!?濃い化粧と薄い化粧だとどっちですか!?どっちでもいい、みたいな答えは要りません!」
問い詰めるように声を張り上げられ、リョウは沈黙後、答えた。
「薄い方です」
「よっしゃ!!!」
消え去った期待は再びカナの中へとやってきた。
薄い方が好き。ということは清楚が好き。ということは清楚である自分に惚れていると言っても過言ではない。
つまりこれは告白。
「先輩、私も愛してます!」
「私も?」
怪訝そうに眉を寄せるリョウとは裏腹に、カナの脳内では二人が愛の誓いを立てる場面まで浮かべていた。
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