第25話
山道を通りラボへ向かい、各々が死体専用の代車を押しながら安置室に入ると他のペアがせっせと死体を入れている最中だった。
カナは軽く会釈をしてリョウが挨拶をする。
作業が終わると、ペアの女の方が一目散にリョウの元へ駆け寄った。
「リョウじゃーん!めっちゃ久しぶり!」
背中まである黒髪を靡かせながら、肩が触れるような距離でリョウに話しかけた。
カナはすかさず二人の仲を引き裂くように間に入った。
「先輩、私たちも早く終わらせましょう」
「そうですね」
リョウは女を一瞥し、「では」と女の傍から離れようとすると、女は「えー、もうちょっといいじゃん」と拗ねた声を出しながらリョウの腕を引いた。
カナは威嚇するように女を睨んだが、女は知らない振りをしてリョウに笑顔を向ける。
「ハリーさん、忙しいのでまた今度でもいいでしょうか」
「えー、やだぁ」
やだぁ、じゃねえよ。カナはそう叫びたいところである。
ハリーと呼ばれた女は上機嫌でリョウの腕を離さない。
艶のある綺麗な黒髪に、人形のような肌。男は騙せても女のカナは騙せない厚塗り感。ナチュラルメイクを装っているが、実は厚化粧。
こういう清楚さを演出している女に限ってビッチだと、今すぐにでもリョウに教えたい。
女の傍に寄ると、甘ったるい匂いが漂ってきた。清涼感の欠片もない匂いだ。
女を下から上まで観察すると、目に付いたのは爪。派手さを嫌うような、薄い桃色。注視しなければネイルしていることすら気づけないだろう。
狙っている。絶対に狙っている。
派手なものは嫌いなんですぅ、というアピールが全身から伝わってくる。
男はこういう女に騙されるのだ。
まさか、リョウも騙されているのか。そうでないと思いたいが、「ハリーさんは清楚系ですよ」なんて言われたら、少し失望してしまいそうだ。
「先輩、早くしましょうよ」
リョウを急かすと、ハリーはカナをじっと見つめ、鼻で笑った。ような気がした。
品定めをされ、見下された気分だ。
ハリーが掴んでいない反対側の腕をとり、カナはリョウを引っ張る。
「先輩、次の仕事が待ってますよ」
「リョウ、ちょっとだけ休憩しようよ」
「先輩、忙しいんですからさっさと済ませましょうよ」
「リョウ、情報交換をする時間は必要でしょ?」
カナとハリーは互いに顔を見ることはせず、リョウにだけ話しかける。
それを眺めていたハリーのパートナーは空気になることに徹していた。
いつまでも諦めず、リョウの腕を握っているハリーに苛つき、カナは口を開いた。
「そういえば、サリーさんって誰に殺されたんですかね。あの人、先輩に凄い言い寄ってたじゃないですか。私に敵意むき出しで牽制みたいなことしてきましたけど、結局死んじゃいましたよね。あーあ、誰が殺したんだろう。先輩にしつこく言い寄ってたから、罰が当たったんですかね?先輩に近づく女って、私以外は次々に死んでいくんじゃないですか?」
でかい声で言うと、ハリーは目元をぴくりと動かした。
「サリーさん、先輩に言い寄るだけじゃなくて仕事の邪魔までして、亡くなった人を悪く言いたくはないですけど、配慮が足りない人でしたね」
「ちょっと、亡くなった人に対して失礼でしょ。リョウ、新人教育ができてないんじゃない?普通そんなこと言わないわよ」
「はぁ、亡くなった人を悪く言いたくないって前置きしたのに」
ぼそっと呟いたカナを、ハリーは睨みつけた。
「リョウ、あたしは何を言われてもいいけど、死んだサリーを悪く言われるのは気分悪いわ」
「点数稼ぎ」
またしてもぼそっと言ったカナに、ハリーは目を吊り上げる。
「リョウ!やっぱりパートナーを変えるべきよ!」
「あたしは何を言われてもいい、って言ったくせに」
ぼそぼそと言い返してくるカナを睨みつけ、ハリーはリョウの腕を強く引いた。
「リョウ!!!」
両腕を掴まれ、引っ張られるリョウは大きなため息を吐いた。
「ハリーさん、今忙しいのはお互い様ではないでしょうか。次の仕事もありますので、急用でないなら話はまた今度でもよろしいですか」
「で、でも...!」
「カナさん、死体を運びましょう」
「はーい!」
リョウの腕を掴んでいたハリーだったが、リョウの溜息と言葉によって力が抜けた。
カナはリョウの後を追いながら、ハリーに向けて勝ち誇った笑みを浮かべた。
清楚の仮面を取って悔しがる醜い顔を堪能し、ほくほくと死体を収めた。
作業が終わると、ハリーたちの姿はもうなかった。
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