第22話

 リョウの足にしがみついて大泣きするカナを見下ろしていると、同業者が死体を運びに安置室へやってきた。死体を運んできた男女はうわっ、と口元を引き攣らせた後「お疲れ様でぇす」と小声で挨拶をした。何事もないかのようにリョウも挨拶を返すと、二人はこそこそと「リョウさんに振られたのかな?」「あそこまで露骨な女、見たことない」などと話している。

 場所を移そうと足を動かそうとしてもカナの手が邪魔をする。

 このまま歩いたところでカナはずるずると引きずられ、端から見ればとんでもない光景になる。男が女を引きずる画になるのだろうが、リョウからすれば先輩が後輩を引きずることになる。それは如何なものかと思ったのだが、カナ相手にそこまで配慮する理由があるだろうか。この女は自分を殺そうとしてきたのだ。

 しかし、先輩という立ち位置がリョウの良心を突く。


「うっ、うっ、私もっと頑張りますからぁ」


 何をだ。

 頑張る頑張らないの話をしているのではない。

 落ち着いてきたのか、大声で喚くことをせず、ぐすぐすと泣いている。


「私が悪かったです。私がいけなかったんです。私は駄目な女です。見捨てないでくださいよぉぉ。私もっと頑張りますから、頑張りますからぁぁぁぁぁ」


 ぴええええ、と泣き始めた。

 女の情緒が分からない。

 泣き止むところだったではなか。何故また急に泣き始めるのか。

 死体を運び終えた二人がリョウとカナの横を通り、扉から出て行く。

 視線はずっと、リョウとカナに注がれていた。

 このままずっとここにいるわけにはいかない。また仕事中の同僚にこの光景を見られるかもしれない。


「分かりました。とにかく、立ってください」


 分かりました、の言葉が聞こえるとカナはぴたりと泣き止み、すぐに立ち上がった。

 まさか演技だったのか、と疑うくらい涙がひっこんでいた。

 頬が濡れた跡はあるのに瞳はからからに乾いている。


「よかったー、許してもらえないかと思ったんですよ!」

「許すとは言っていませんが」

「えっ...でも、分かりましたって」

「あなたが頑張ると言ったので、分かりましたと答えただけです」


 リョウがしれっとそう言うと、カナは数秒後、再び涙を流し始めた。

 確信犯かこの女。

 泣けば許されると思っているのか。

 わんわん泣きながら両手で目元を拭うカナを白い目で見ていたが、茶番だな、と踵を翻そうとすれば強い力で服を引っ張られた。


「…カナさん」

「うわああああん」

「離してください」

「ごめんなさいぃ」

「歩けません」

「頑張りますからぁ!許してええぇ」

「スーツが皺になるので離してください」


 茶番すぎる。

 何を言っても解放される気配はない。


「分かりました、分かりましたから。パートナーの解消はしません」

「本当ですか!?」


 この変わり身の早さ。


「ただし、今後似たようなことがあればその時は解消します」

「はい!」

「まったく。こそこそと毒を盛るなんて」

「先輩が好きすぎるからこその行動です」

「開き直らないでください」


 にこにこと嬉しそうに笑っている。

 リョウとしては、本気でパートナー解消をするつもりはなかった。もし解消したとして、カナが新パートナーを殺さない確証はないからだ。

 パートナーが変わる度に殺していけば、処分は免れない。いつかカナも殺されるだろう。そうなった場合、リョウが責任を問われる可能性がある。

 組織が一番嫌うのは内部崩壊だ。その種になるものは排除しようとするだろう。新人のカナを教育できなかったリョウも処分されてしまう。

 という理由もあるのだが、カナに殺されかけたというのに嫌悪感がそれ程沸いてこないのだ。こんな女と仕事なんてやってられるか、殺されてたまるか、とパートナー解消に走る気が起きない。

 不思議なことに、気をつければいいだけだと思ってしまう。

 この仕事に就いてから価値観が変化したのだろうか。思考がおかしくなったのか。


「じゃ、早く次の現場行きましょう」


 この話は終わりとばかりに扉から出て行こうとするカナに、お前が言うなと言いたい。

 動かないリョウを見兼ねて「先輩、はやくぅ」と扉の外から顔を出して急かす。

 先程まで号泣していたようには見えず、けろっといつもの調子に戻っている。

 心の底から反省している様子はない。

 先が思いやられる。

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