第19話

 明るい中での労働は桁違いに緊張する。もしも巡回している警察官に見つかったら。そんな最悪のケースが頭を過る。

 精神的不可がかかっている時こそ失敗しやすい傾向にある。カナは丁寧を心がけながら死体を運んだ。

 このスリルはなかなか味わえるものではない。恐怖心を快感に変換する脳みそは持ち合わせていないが、何もなかった時の安堵が心地いい。

 真剣な表情から一変し、楽しそうに運転をするカナ。

 狂った人間の感覚は分からないな、とリョウは運転席に座っているカナを盗み見た。

 この仕事が天職なのだろう。

 しっかり働くのは評価すべき点だ。しかし、いつか人を殺しそうだ。そうなった場合、組織に仇なす者として消されるか、暗殺班に異動になるかの二択だろう。前者であれば、パートナーであるリョウも連帯責任を負う可能性がある。それは避けたい。死体を回収するだけの人間にしては、価値が高いと自負している。責を負って死ぬことはないと思いたい。


「先輩、コンビニに着いたので飲み物買ってきますよ。何がいいですか?」

「自分で買います」

「いえいえ!奢らせてください!先輩にはたくさんお世話になってるので!」

「結構です」

「いえいえいえ!だって先輩、情報部に異動するんですよね!?そうなったら会えなくなるじゃないですか。私に奢らせてください!」


 頑なに奢らせろと言うカナに負け「分かりました」と呟くと、カナは嬉しそうに入店した。

 心なしかスキップをしていた。それほどまでに奢りたかったのか。

 リョウは目の前の大通りで往来する車を眺め、久しぶりの昼間を感じた。

 夜に働くことが多いからか、プライベートでも夜を主に過ごしている。

 学生時代に仲が良かった友人とは疎遠になり、連絡をしようと思ったこともない。明るい時間に活動する彼等と関わらなくなると、必然的に昼間に動く理由もなくなる。

 買い物があれば夜に出かける。起きている時間も大方夜だ。

 元々アクティブな方ではなく、家に籠っていることが多かった。

 その性格もあり、リョウの活動時間は夜になっていた。

 久々に太陽の光を浴びると、気持ちよさや新鮮さよりも鬱陶しさが勝る。

 カナは元気な様子だったので、朝でも昼でも夜でも、活動時間はどうでもいいのだろう。

 早くこの光から解放されたい。


「いやー、すみません。レジが混んでたので」


 へらへら笑いながらカナは運転席に座った。

 ラベルに天然水と書かれたペットボトルを受取ると、リョウはキャップを緩めて口を近づけた。


「…何か?」


 飲もうとした瞬間、カナから突き刺さる視線を感じて手を止める。

 胡乱な目をするリョウに首を振り、「どうぞどうぞ」と水を勧める。

 リョウがキャップを閉めると、カナは残念そうな声を出した。


「えー、飲まないんですか?」

「貴女からの視線が痛いので」

「見ないので飲んでください」

「後でいただきます」

「えー」


 眉を下げ、唇を尖らせるカナをじっと見つめていると、居心地が悪かったのか顔を逸らした。

 リョウはホルダーにペットボトルを収め、発進した車の振動で揺れる水を眺めた。

 ちゃぷちゃぷと動く水に視線を向けていると、隣からまたしても刺さる視線。


「何か?」


 眼球だけ動かして問うと、ぎくりと顔色を変える。


「何でもないです」

「そうですか。では早くラボへ行きましょう」

「はーい!」


 鬱陶しい光をガラス越しに浴びながら、細い山道を車で通る。

 木々が陰になり少しは太陽から逃れられるが、木漏れ日が邪魔だ。

 夜の住人になるとこうも光を嫌悪してしまう。

 職業的に夜間動くことの方が多いが、日中も必要があれば働かなければならない。

 闇にばかり慣れてはいけない。


 ラボに駐車し、厳重なセキュリティを突破して中へと入る。

 パネルを操作し、安置室に死体を置く。

 今のところ仕事の連絡は入っていない。外はまだ明るいし、休憩でもしようと二人は休憩室に行く途中、同業の男がスーツ姿で向かい側から歩いてきた。

 カナは見覚えのない顔だったが、リョウは知っているようで、相手はリョウに対して片手を挙げた。


「リョウー、聞いてくれよ」


 馴れ馴れしくリョウの肩を叩く男を観察する。

 ひょろっとした背丈に小さい顔。

 眉毛は太く、目元は窪んでいる。

 お世辞にも美形とは言い難く、豆もやしのようだ。


「相方のリドリーが死んじまってよ」

「ほう」

「なのに仕事の連絡が入っちまって。断る前に電話を切られちまったから、どうにかするしかないんだけど…」


 豆もやしは、参ったなと頭を掻く。


「そうだ、お前等が代わりにやってくんねえ?」


 リョウとカナを交互に見ながら、両手を合わせて頼み込む。

 カナとしては断る理由はない。仕事を押し付けられることは気に入らないが、正当な理由である。


「申し訳ないのですが、僕はこの後用がありますので、お二人で行ってもらえませんか?」

「それはいいけどよ」


 男はちらっとカナを一瞥する。

 リョウと一緒ではないと知ったカナは開いた口が塞がらない。


「せ、先輩…何の用があるっていうんですか」

「野暮用です」

「野暮用って何ですか!?」

「あなたは知らなくていいことです」


 突き放されて、カナは撃沈した。

 そんなカナを無視し、リョウは男に挨拶をしてその場から去って行った。

 残された二人は数秒見つめ合う。先に挨拶をしたのは男だった。


「俺はポータ。君は?」

「…カナ」

「そうか。じゃあカナ、行くぞ」

「…はい」


 肩を落としたままのカナに、リョウと一緒じゃなくてごめんな、とポータは心の中で謝罪した。

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