第16話

 現場に到着すると若い女が一人、道端に倒れ込んでいた。

 上半身が血まみれで、鉄と何かが混ざったような臭いが鼻を掠めた。

 カナはこの異臭に慣れてしまった。魚の生臭さといい勝負だがほんの僅かに魚が勝っている。


「はー、臭いです」

「今回は出血が多いですからね」

「臭いけど、吐瀉物の処理よりは死体処理の方が何倍もマシです」


 吐瀉物の処理は貰い吐瀉をしそうだが、死体は臭いだけだ。

 リョウの前で胃の中のものを吐き出すなど到底耐えられない。


「私、頭の方持ちますね」


 カナがリョウの返事も聞かず、死体に手をかけて持ち上げると、ごろんと頭部が転がった。

 予想外のことにカナは慌てて落ちた頭部を拾う。


「カナさん、これは安置室に持ち帰るものですから」

「分かってます。私を何だと思ってるんですか。この苦しんで死んだ顔は芸術的だと思いますけど、首がないので駄目です」

「首?」

「ほら、首は上半身に付いてるじゃないですか。この頭には首がついてないんです」


 球体の頭部はサッカーボールに似ている。

 カナが求めているのは頭と首が繋がっているものだ。土台として首は必要である。

 リョウはカナの言うことが理解できず首を傾げたままだが、大して興味はないのですぐに「袋に入れてください」と指示を出した。

 目の前にある死体の頭部を惜しむことなく袋に詰める。狂人のこだわりが理解できないリョウは先に助手席に乗った。

 遅れてカナが運転席に乗り込むと、ラボに向かうべく車を走らせた。

 カナの気狂いな嗜好を知った以上、リョウは運転し難くなった。運転している無防備な状態を晒すことはできない。

 どうしたものか、と窓から黒しか見えない景色を眺めているとラボに着いた。

 車を駐車し、安置室へ向かう。

 仕事は同じことの繰り替えしであるため、身に染みた手順は頭を空にしていてもできる。

 二人は死体を収めると、休憩室に立ち寄った。

 リョウは携帯が鳴り、電話に出るため休憩室から出て行った。カナは一人でペットボトルの水を飲んでいると、リョウと入れ替わるようにスーツの男が入ってきた。


「おっす」

「こんばんは」


 無精髭が目立つ気安い男はカナの傍に腰掛けた。

 見たことない顔だが、この男も回収班の人間だろうか。

 カナはちらちらと男を気にしていると、視線に気づいた男が親しみやすい笑顔をカナに向けた。


「お前、リョウの相方か?」

「はい」

「やっぱりな。そこで電話してたからよ」


 無遠慮でカナの顔を眺める無精髭の男は、良く言えばフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしい。


「お前、名前は?」

「カナです」

「俺はワタリ」

「よろしくお願いいたします」

「おう」


 体育会系だな、とカナは推測した。

 学生時代はきっと剣道部か柔道部だ。熱い思いを抱いて仕事をこなす系だ。カナとは相いれないタイプの人間だ。

 この職に熱い思いを持つというのも変な話だが、こういう熱血そうな男は理屈ではない。


「お前、新人だろ?」

「はい」

「リョウと組めたのはラッキーだっただろうが、一緒に居られるのもあと少しかもなぁ」

「なんでですか!?」


 それまで素っ気ない返事と態度であったカナが、リョウの話となると目の色を変えて詰め寄ってくる。ワタリはカナの勢いに圧されて背を反らした。

 この新人もリョウの美貌に惚れているのか、とワタリは納得の表情で頷いた。

 回収班の中でリョウは美形で有名だ。女はリョウに会うために二組以上での仕事を率先として請け負っている。リョウが来るかもしれない、という希望に縋っているのだ。

 そんなリョウが新人と組む噂が広まると、女たちは悔しそうに愚痴を叩いていた。今まで頑張って働いたのに、リョウの相方が新人だなんて許せない。新人のくせい良い思いをするな。精神を病んで辞めないだろうか。上に嫌われて殺されてくれないか。腹の奥底に仕舞うことができず、毎日のように歯ぎしりをしていた。

 彼女たちの不安は的中し、噂の新人はリョウの虜になっているようだ。


「リョウが情報部に異動になるんじゃねえか、って囁かれてるからな」

「情報部に?」

「おう。あいつ、頭がきれるだろ。それを見込んで情報部が上にかけあった、って噂だぜ」


 また情報部か。

 リョウが情報部の手助けをするから、そんな話になるのだ。

 相思相愛のようで腹が立つ。

 もしも情報部に異動となったら、もう会う機会はなくなってしまう。

 仕事のやり取りくらいはするかもしれないが、リョウの顔を毎日のように拝んでいる身としては耐え難い。時折聞く声だけでは我慢できない。


「まあ、噂だからな。嘘かもしれねえし」


 言葉を失ったカナを見兼ね、慰めるように付け加える。

 それでも黙り込んだままである。ワタリは困ったように視線を彷徨わせた。

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