第15話
カナが性癖に目覚め、その性癖をリョウが知ってからというもの、カナは性癖を隠すことなくリョウと仕事をする。
死体を前にし、にやにやと汚く笑いながら時には口の端から涎を垂らすという醜態。
リョウはそんなカナに引いていた。これが同じ人間だろうか、とその笑いを見る度に思う。
悩みを抱えていた姿から一変、嬉々として仕事に精を出している。
人の道に戻してやるべきかと、先輩として考えたが、こういう思考の人間は一度傾くと二度と元の道に戻らない。諭すだけ無駄だと判断し、カナに人道を説くことはなかった。
「ところで、先輩はいつ死ぬんですか?」
「今のところ予定はないです」
「どんな死に方が好きですか?」
「好きな死に方はありません」
「先輩には安楽死してほしいと思いますけど、苦しんで死ぬのもありかなって思います」
「そうですか」
「安楽死の方がいいですか?」
「死に方を選ぶことができるなら、その方がいいでしょうね」
「分かりました!」
不穏な質問ばかりされるようになった。
一回死んでみないか、という発言を踏まえると、もしや命を狙っているのか。
鼻歌混じりに運転しているこの後輩に殺されるのか。
あり得る話だ。
犯罪組織に所属している以上死の恐怖は付き纏うが、まさかパートナーからも己の死の臭いが漂ってくるとは想像すらしていなかった。
崖下で見た、チェーンソーを持って首を切り落とすカナは、何の躊躇もなかった。自分の欲求を満たすためなら、遺体の一部を奪ってしまう。
とんでもない女を後輩に持ってしまった。
「あ、先輩、連絡が入りました」
スーツのポケットの中に入れていた携帯が鳴ると、カナはリョウに差し出した。リョウは携帯を受け取ると内容を確認し、死体が落ちている現場に向かう指示を出した。
カナの悩み事が何なのかを知ったリョウはすぐに他部署との連絡をカナに任せた。心の病を抱えているのかと思っていたため、カナの負担を考慮して仕事を増やさなかったが、狂気的な思考を持っているだけだったので遠慮なく仕事を増やした。
仕事を増やされた、とぐちぐち文句を言っていたがそこまで大きな仕事ではない。
「この道をずっと進めば、現場に到着します」
「はーい」
それにしても、とリョウはカナの携帯の画面を明るくする。
そこにはいつどこで撮ったのか、リョウの姿があった。
まさか待ち受け画面に自分の写真が使用されているとは。
画面に写っている自分の目線は、明後日の方にある。隠し撮りに気づかず無表情のまま佇んでいる。待ち受けの画像を変えてやろう、この写真を消してやろう。勝手に人の携帯を覗くのはプライバシーの侵害であり、後輩の、しかも女に対する行いとしては不適切である。しかし、最初に盗撮をしたのはカナである。リョウは以前、カナが携帯のロックを解除する場面を偶然目撃していた。覚えていたパスワードを打ち込んでロックを解除すると、写真のフォルダを開いた。そこには何十枚もの自分の写真があった。アップにして顔だけを写しているもの、全身が写っているもの、後ろ姿だけのもの。何枚あるのだ、と遡るが指が追い付かない。これをすべて消したとしてもまた何度も盗撮をして写真を増やすのだろう。いたちごっこになるのは目に見えている。
リョウは大きなため息を吐いてカナの携帯を閉じた。
「先輩、お疲れですか?」
「えぇ、あなたのせいでね」
「じゃあそろそろ過労死ってことですね」
「あなたが与える心労のせいです」
「えー、私が何をしたっていうんですか」
「盗撮は犯罪です」
「犯罪組織で働いてるのに、今更ですよ!」
そう、今更だ。犯罪組織に身を預けている者が犯罪を指摘したところで意味はない。
「先輩が面と向かって写真を撮らせてくれないからですよぅ」
「写真を撮らせてくれと、頼まれたことはありませんが」
「じゃあ撮らせてくれますか?」
「嫌です」
「ほら!だから盗撮したんですよ」
「開き直らないでください」
盗撮した、と堂々と言うものではない。
もしや家に盗聴器や監視カメラを仕掛けているのではないだろうな。リョウが外出している間に侵入して仕掛けることくらい、カナには容易いのではないか。
盗撮や首の切断をやってのける女だ。盗聴や監視など朝飯前だろう。
仕事中、カナの挙動に気をつけなければならない上にプライベートまで注意しなければならないとは、休む暇がない。
パートナーの交換を申請したところで、カナの標的が変わるだけである。それによって組織を離脱しようと考える人間が出ると、人手不足が加速する一方だ。
自分がしっかりと手綱を握るしかない。
組織にために身を投げ打って働く気はなかったが、この狂犬を野放しにできないので仕方あるまい。
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