第14話

 人々が寝静まった深夜、道路に車はなく信号機では赤色がちかちかと光っている。

 カナは人気のない道に車を走らせていた。

 闇に浮かぶ月が怪しく光り、薄っすらとカナだけが乗っている車を照らす。

 ラボの休憩室で必死に悩んだ結果、素晴らしい答えにたどり着いた。

 有名な崖の下に車を停め、歩きながら目的のものを探す。


「あ、あった!」


 探していたのは、死体だった。

 木に紐をくくりつけ、首を吊っている一体を携帯の光で確認すると、カナよりも若い女だった。

 白いTシャツに、黒の半ズボン。女が通う学校の体操服かと思ったが、校章はなく名前も刺繍されていない。

 女の顔は髪で覆われているためカナが黒髪をかき分けると、半目になっている綺麗な顔が現れた。

 この崖は自殺名所であり、カナは自殺した人間を探していた。

 崖から飛び降りる人間もいるが、近くの木々で首を吊る者もいる。一人で自殺するよりも、近くに仲間がいる方が安心するのかもしれない。

 これならば誰にも迷惑をかけることなく、組織から消されることなく、頭部を掻っ攫うことができる。我ながら素晴らしい考えだった。


「ふふ、綺麗」


 カナはじっくりと女の顔を覗き込む。

 顔立ちの良い女は若いこともあり肌がきめ細かく、滑らかである。化粧をすればより映えるだろう。持ち帰って化粧を施してやろう。

 カナは頭部に両手を当てて気づく。

 欲しいのは首から上であって、首から下は不要だ。

 人体模型のように立たせて置きたいのではなく、美容師が練習で使用するウィッグのようにしたい。

 カナは車に戻り、チェーンソーとビニール袋を持って女の傍に立つ。

 キックバックが怖いのでヘルメットを用意しようと思ったが、それだと切断作業に集中できそうにないので自身は何も装備することなくチェーンソーを動かし始めた。

 自殺名所のため人は寄り付かないが、なるべく早く終わらせたい。

 カナは音が鳴る凶器を女の首に当てた。

 無我夢中でチェーンソーを動かしていると、一分もしないうちに首が胴体から離れた。女の髪を掴み、ビニール袋へ放り込む。

 手に付着した血を拭うことなく、袋をきつく縛り、用意していたクーラーボックスにそっと入れた。

 早く持ち帰って腐敗しないように特殊なガラスケースに収めなければ。このために態々高い金を出して開発班から購入したのだ。

 カナは機嫌良く運転席に乗り込もうとする。


「感心しない行為ですね」


 聞き馴染んだ声が耳を突く。

 カナは勢いよく声のする方を確認すると、暗闇の中、リョウと目が合った。

 まさかリョウに出会うとは想像すらしていなかったので息を呑む。


「せ、先輩、どうしてここに?」

「最近、貴女の様子がおかしいので気にかけていたんですよ。仕事中に自殺名所を調べていたのが気になって、跡をつけました」

「え、えぇー!私に気があるってことじゃないですか!」


 口元が痙攣しながらも笑う。


「自殺をするのでは、と心配だったのですがどうやら違ったようですね」


 カナの手元は汚れており、リョウは目を伏せた。

 深夜、アパートから出て行く音に気が付きカナの跡を追って来たが、まさかこんなことになっているとは。

 カナが女に近寄ってから一部始終を見ていた。安置室から死体を取り出す話をしていた時のことを思い出す。組織が収集した死体を抜き取ることが困難だと思い、自殺者の首を切断することにした。

 その猟奇的な行動に頭が痛くなる。


「はぁ。その女性の頭をどうするつもりですか?」


 素直に答えようか迷ったが、見られてしまった以上言い訳をする必要はない。


「家に飾ろうと思います」

「飾ってどうするんですか」

「眺めるんです」


 まるで金魚でも飼うかのように言う。

 死んだ人間の頭を家に飾りたいと思うような、頭のいかれた女がすぐ傍にいたなんて。

 元からの性格ではないだろう。最初の頃は緊張感を持って仕事に取り組んでいた。この仕事をしていくうちに、頭が壊れたのだ。

 病んでいると推測したリョウは、あながち間違いではなかった。


「カナさん、遺体の一部を持ち去ることは…」


 非常識だ。人の心がないのか。犯罪だ。そんな言葉が浮かぶが、犯罪組織で働いている身である。罪を重ねたところで今更だ。

 リョウは開いた口を一度閉じると、大きなため息を一つ吐いた。


「それが原因で警察に追われるようなことがあれば、組織に殺されますよ」

「はい、気をつけます!」


 リョウの雰囲気からして怒られるかと身を縮ませていたが、怒っていないと分かるや否や満面の笑みを咲かせた。

 むしろ組織に殺されないよう注意をしてくれる。可愛い後輩が心配で心配で堪らないという意味が込められている、とカナは解釈した。


「そんな先輩が好きです!」

「それはどうも」


 きゃっきゃと小さく飛び跳ねるカナを無視し、リョウは自分の車へ戻ろうと踵を返す。


「先輩!」


 カナが元気よく声を出すと、リョウは振り返った。


「やっぱり、一回死んでみませんか?」


 その台詞は前にも聞いた。

 リョウは返事をすることなく車へ乗り込み、カナを置いて車を走らせた。

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