第13話
リョウに死んでみないかとカナが発言してからというもの、リョウはカナを凝視する事が増えた。カナは「一秒でも長い時間私を見てくれるなんて」と大層喜び、リョウへの愛は増える一方であるが、リョウはカナを心配していた。
そこまで病む程、仕事が辛いのだろうか。
同僚のサリーが死んだため、いつかは自分もこういう最期になるのだろうかと不安を抱きながら過ごしているのでは、と先輩らしくカナのことを思っているのだ。
リョウの心中など知らず、カナは仕事に励んでいた。
己の性癖を自覚すると、仕事に精が出るのは必然だった。
死体の顔を堪能することができ、毎回ぞくぞくと背筋を走るものがある。これぞ天職だ。
楽しそうに取り組むカナを見て、リョウは自分の勘違いだったのかと思い直すも、急にハイテンションになるのは鬱病の傾向ともいえる。
カナから相談されることはないし、気に掛けるような言葉を投げても「私のことを思ってくれてるんですか!?」と瞳を輝かせ詰め寄る始末。
暫くの間は見守ろうと思った。
「先輩、安置室の死体を持ち出す明確な理由って必要ですか?」
ラボの休憩室で休んでいると、カナは不意にそんなことを口にした。
勉強する姿勢は褒めるべきものだ。
「持ち出した人間と、用途は登録必須です」
「ちなみに、それって管理室で確認できるんですか?」
「できますよ。操作方法は簡単なので、初めてでもそれくらいのことは操作できると思います。一緒にやってみますか?」
「あ、いえ、それは大丈夫です」
「そうですか」
履歴を確認するだけなので、操作方法は至って単純だ。
カナに直接教えなくとも、一人で理解するだろう。
「持ち出す人って、例えば誰がどんな理由で持ち出すんですか?」
「多いのは医者でしょう」
「医者?」
「解剖医でしょうね。闇医者と言うべきでしょうか」
「そっか、薬品作る部署があるなら当然医者もいますよね…」
ラボの中は白衣を着た人間がほとんどであるので、誰が医者なのか見分けることはできない。もしかしたらすれ違ったことくらいはあるのかもしれない。
「医者が解剖したり、検死したり、でしょうか」
「検死?」
「不審死の場合、調べることがあるそうです。我々は外敵の死体だけを運ぶのではなく、仲間の死体も運びますからね。その仲間の死に不審があれば、検死するのでしょう」
「なんか警察みたいですね」
「確かに、そうですね」
「他にはどんな人が持ち出すんですか?」
「薬品班でしょうか。詳しくは分かりませんが、死体を使って薬を作ることがあると聞いたことがあります」
「うげっ、死体で薬を?」
「聞いた話なので、本当かどうかは分かりません。ただの噂ですから」
一体どんな薬を作っているのだ。
もしそれが本当だとして、世間にこの組織の存在が明るみになったら一体どうなるのだろう。
ニュース番組は大々的に取り扱い、新聞の一面を飾る。
そしてそこに所属していたという理由で刑務所にぶち込まれ、一生そこで暮らすのでは。
人を殺したことなんてないのに、ただ死体を運んでいただけなのに。それで逮捕されるってどう考えてもおかしい。
「何故急にそんなことを?」
「えっと、興味があったので」
「勉強熱心なのはいいことですね」
「ですよね!じゃあ、仮に私が安置室から死体を取り出したらどうなりますか?」
「どう…?用途にも寄りますが、正当な理由であれば咎められないでしょう」
「正当な理由じゃなかった場合は?」
「叱責を受けるでしょうね。最悪の場合は消されるかもしれません」
安置室から死体を取り出して、頭部を持ち去ろうという案はすぐに却下した。
ばれたら殺されるかもしれないのだから、安置室の死体は使えない。
「回収係が死体を持ち出すことはまずありません。持ち出せば不審に思った情報部から連絡がくるのではないでしょうか」
確かに、死体を回収するだけの人間が死体を持ち出すことはない。
「そうですか…」
目に見えて肩を落とすカナの真意が汲み取れず、無言で一挙一動を観察する。
心の病かと考えていたが、違うのか。
「カナさん」
「はい?」
「何か悩み事でもありますか?」
「は、はい?」
リョウは真剣な眼差しで問う。
死んだ人間の頭部を持ち帰りたいという悩みを悟られたのだろうか。カナは焦りを抑え、笑顔を取り繕う。
「何もないですよ!」
「それならいいのですが」
リョウが納得していないのは分かったが、気づかない振りをした。
安置室から死体を取り出せないのなら、自分で殺した人間を持ち帰るしかないのか。それはリスクが高すぎる。何より、人殺しなんてしたことはない。どうやって殺すのか、何も知らない。
知らない人間に手を出して失敗したときのことを考えると、殺害なんてできない。
安置室の死体を取り出せない、人を殺す計画なんて立てられない。だとすれば、一体どうやって死体を手に入れるのか。
カナは再び深く考え込んだ。
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