第12話

 公園はフェンスで囲まれているが、外観を大事にしているのか目立たせないようフェンスに沿って木が植えられている。

 暗い夜の公園は灯りがなく不気味である。

 こんな公園に何の用だろうかと、カナはサリーの姿を探すがどこを見ても闇一色であり、人影を見つけ出すことができない。

 砂をゆっくり踏みしめながら首を忙しなく動かす。すると、ゴンッという鈍い音が聞こえたので音のする方へ気配を消しながら歩み寄る。

 何度も鈍い音がし、女の声も聞こえる。近付くと、何かが動いていた。サリーだろうか。

 カナは木の裏に隠れて目を凝らしながら様子を窺う。


「あ゛っ、いだぁっ、ぁがっ!」


 悲鳴ではない。喉から出るような低い声。

 苦しそうに声を出し、もがいている人影がサリーだろう。

 そしてサリーを苦しめているもう一人の影も見えたが、男なのか女なのかよく分からない。

 息を殺してその場に留まっていると、そのうちサリーの声は聞こえなくなり、静かになった。

 砂を踏む音がすると、その音は遠くへ行ってしまった。

 カナは無意識に拳を握っていた。力を抜くと、拳は汗で濡れていた。

 去って行った人間の仲間がいるのでは、と周囲を警戒するが何の音もしない。

 恐怖心はあったが、それよりもサリーがどうなったのか気になり、木の裏から体を出してサリーがいるであろう所まで音を立てないよう注意しながら近づいた。


 足元に何かが転がっていたのでカナはしゃがみ込んで、携帯の光で照らす。


「…サリー?」


 頭部から血を流して横たわっているサリーだった。

 拳銃で撃たれた痕跡はなく、恐らく鈍器で殴られて死んだ。

 あの鈍い音は頭を殴っていた音だ。

 息をせず横たわるサリーを見て、カナは自分が抱いた感情に驚いた。恐怖ではない。これはリョウを前にした時にも感じる、興奮だった。

 サリーを見て興奮している。

 サリーに魅力を感じたことはない。一度しか会ったことないが、その時は嫌悪していた。リョウに近寄る害虫が息巻いて絡んできたので当然だ。

 しかし今はどうだ。サリーを見て、興奮している。

 綺麗。

 その一言に尽きる。

 何をどうすれば嫌悪から綺麗という感情を抱くようになるのだろうか。

 生きているサリーを思い出す。

 やはり嫌いだ。

 死んでいるサリーを眺める。

 やはり綺麗だ。

 サリーはお世辞にも美人とは言えない。カナから見たサリーの顔面は中の下。綺麗なんて言葉は似合わない。

 では何故、サリーを綺麗だと思うのか。

 答えは簡単だ、死んでいるからだ。

 死んだサリーが綺麗。

 それだけのことだった。


「綺麗、綺麗」


 サリーの頬に手を滑らせる。

 倒れた際に付着した砂でざらざらした触り心地だった。

 触ると、より欲しくなる。

 この顔を持って帰れないかな。

 しかしそれはできない。そんなことがばれたら、カナの首が飛ぶからだ。

 同僚の死は、同僚に伝えなければならない。

 カナは落胆しながらリョウに電話をかけた。

 車から消えたカナを気にしたリョウから不在着信があったようで、カナは鼓動が速くなる。気にかけてくれたんだ。嬉しい。

 満面の笑みでリョウに電話をかけると軽く叱責されたものの、サリーの死を伝えるとすぐ行くとだけ言い残し、電話は切られた。

 その数分後、リョウはカナの元へやって来て、血を流したまま倒れているサリーの死体を運ぼうと言い出した。


「サリーも安置室に入れるんですか?」

「当然です。死体は有効活用すべきという規則ですから」


 特殊な袋にサリーを入れて、公園の隣に停めてある車へ運び込む。

 同僚の死に戸惑うことなく淡々と仕事をこなすリョウに、カナはときめいていた。


「これ、どう報告するんですか?」

「ありのままを伝えるだけです。犯人の姿は目撃していないのですか?」

「はい。何かで殴っていたのは分かったんですけど、顔までは見えなかったです。暗かったし」

「そうですか」


 リョウは携帯を取り出して暫く操作していた。

 いつもと変わらず綺麗な顔立ちをしている。もしもリョウが死んだら、今以上に綺麗になるのではないか。カナはそんな想像をした。

 首を切って、部屋に飾りたい。ずっと一緒に生活をして、ずっと傍にいて、ずっと見つめていたいし見つめられていたい。

 カナはむくむくと欲望が沸き上がるのを感じた。

 死んだリョウはどんな風に綺麗なのか。

 想像すると思わず涎が出てしまう程興奮した。

 死んでくれないかな。

 隣にいるリョウに視線をやると、携帯をポケットにしまっているところだった。


「…何か?」

「な、何も」


 カナは心の内を隠すように俯いた。

 けれど気になって、リョウの横顔を盗み見る。

 リョウはそんなカナに不審感を抱いた。

 今までとは少し違う、妙な熱を帯びた瞳。

 また何か企んでいるのでは。


「せ、先輩」


 カナは興奮を押し殺すように話しかけた。


「何でしょう」


 リョウはアクセルを踏み、車を発進させたが丁度赤信号になったのでブレーキをゆっくりと三回踏んだ。


「一回死んでみません?」


 思いがけない言葉に、リョウは目を見開いてカナを見た。

 面食らったリョウの反応に、カナはまたときめいた。そんな顔も素敵。

 冗談ですよ、といつもの調子で付け加えるも、リョウの不審感は消えなかった。

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