第10話
「やめろよ、サリー」
サリーと呼ばれた垂れ目女は、男に腕を引かれるが振り払ってカナの前に立つ。
「自分が特別だと思わないことね。リョウちゃんとは釣り合わないこと、自覚してる?」
「だから、さっきから何の話ですか?」
「察しが悪いのね。どうせあんた高卒でしょ。リョウちゃんと会話が成り立つの?」
「同じ日本人なんだから会話くらいできますよ、普通に考えて分かりません?」
「クソガキ!なめてんじゃないよ!」
今までカナが関わる相手はリョウのみであったため、久しぶりにリョウ以外と会話らしい会話をした。
どう見てもリョウに惚れているサリーから、逃げるわけにはいかない。
カナは負けまいと応戦する。
リョウは売られた喧嘩を買うカナの肩に手を置いた。
「そろそろ次の仕事がありますので、行きますよ」
「え、はい」
カナとしては言い負かしたいところであったが、リョウを振り切ってまでサリーの相手はしない。
前を向いて歩くリョウを確認し、カナはサリーに向けて中指を立てた。
「あんたねえ!あたしは先輩よ!?死ねクソブス!!」
後ろで吠えるサリーを無視し、カナは助手席に乗った。
どこの世界にも色恋は漂っている。
リョウに言い寄る女は自分が蹴散らさねば。
こんな造形美は滅多にいない。きっと色んなところで名を馳せていることだろう。
これからはもっと気を引き締めよう。いつどこでどんな女がリョウを狙っているか分からない。
カナが心に強く決めている隣で、窓を閉めていても聞こえる喧しい声から離れるように、リョウはアクセルを踏んだ。
「喧嘩を買うのは感心しませんね」
「だって、先に喧嘩を吹っ掛けてきたのはあの女ですよ!」
「受け流すだけで済むのでは」
「だって腹立ったんですもん」
むすっと分かりやすく拗ねるカナ。
サリーの性格はリョウも知っている。
自分がサリーに好かれていることも知っている。
しかしリョウはサリーに対してそういう気はまったくない。
女性としての魅力を感じない。気性が荒い女に惹かれることはない。
「あの人、恋愛を意識しすぎじゃないですか?先輩のことが好きならそう言えばいいのに、牽制みたいなことしてくるの、性格悪すぎです」
カナからは好きだの恰好いいだのと言われるが、サリーからは一度も言われたことはない。
付き合わないか、と言われたことはあるがそれはまた別だろう。想い合っての交際だ。想いを口にせず交際の提案だけするのは違うのではないか、とリョウは思っている。
「は!もしかして先輩は、あんな女が好みですか!?」
口に手を当てて、まさかと目を大きく開く。
「好みは人それぞれですけど、あの女が好きだなんて先輩の趣味悪すぎますよ!嫌だ!正気ですか!?」
「僕はまだ何も言っていませんが」
「だって!先輩あの時すぐ私の味方をしてくれなかったじゃないですか」
じと、と睨まれてリョウは苦笑する。
「僕が貴女を庇うと余計に刺激してしまうでしょう」
「もっと早い段階で声をかけてくれたらよかったのに」
「貴女がどんな態度をとるか、興味があったものですから」
「え!先輩、私に興味があるんですか!?じゃあ、あの女よりも私の方がタイプ!?」
「勘違いしないでいただきたい。それと、極端な二択はやめてください」
「そっか、先輩って私に興味があったんだ」
「聞いていますか?」
両手を頬に当てて、きゃっと一人で騒ぐカナに再度「勘違いしないでくださいね」と言ってみるが、聞こえていないようだった。
自分だけの世界に入り、乙女のように頬を赤く染めて黄色の声を上げるカナを現実に呼び起こすことは憚られた。
そういう年頃なのだろう。
サリーとはまた違う、恋に生きる女の姿だ。
カナから好意を寄せられるのは嫌ではない。鬱陶しいと思ったことがないわけではないが、勘弁してくれと思う程でもない。
このままパートナーでいるのは構わない。
素直故にリョウの言うことには従うので、互いに意見がぶつかることはない。
まだ一か月程度しか一緒にいないため、今後のことは分からないが、今のところ上手くやれている。
仕事に慣れていき、こうではないそうではない、とカナがリョウに反発し始めたらそれがパートナー解消の合図である。
リョウはパートナーに仕事面で意見を押し通されるのが大嫌いである。自分の思う通りに仕事は進めていきたい。他部署との連携や上からの命令となると話が変わってくるが、パートナーと仕事をする際は自分の意見を押し通したい。故に素直に従う人間が好ましい。
その面で、カナはリョウにとって好ましい人材だ。ぶつぶつと文句を言うことはあるが、それだけだ。リョウの言うことすることに対して、捻じ曲げてやりたいとは思っていないことは分かる。
従順な後輩。
割と気に入っている。
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