第9話

 目的地に到着すると、付近に車が二台停まっていた。

 人気のない通りで周囲を警戒しながら車のドアを開ける。

 車から降りて向かうと、既にスーツを着た男女四人が集まっていた。

 同業か。

 リョウは知っていたようだが、カナは何も知らされていなかった。仲間外れにされたようで面白くはない。

 リョウが四人に近づくと、挨拶をされていた。

 やはりできる男は敬われるのだ。


「死体は十体と聞いていましたが、一体足りませんね」


 それもカナは聞いていない。

 ぷくっと頬を膨らませてリョウの隣に立つ。

 リョウに挨拶をした四人はカナにはしない。

 日頃から他部署に無視されて溜まっている鬱憤をこうして晴らしているのだと推測している。

 四人はカナよりも年上に見える。新人だ、年下だ、と見下しているから挨拶をしないのだ。年下といえども、リョウのパートナーである。そんな態度をとればリョウが許さないぞ。と、リョウを見るが死体に夢中でカナのことは頭にないようだった。


「確認しましたが、やはり十体あるはずだそうです」


 女が言った。

 五人の話し合いを聞いていると、どうやらここで組織の暗殺班と別の組織が殺り合ったらしく、別の組織の死体が十体転がっているはずなのに一体足りないとのこと。


「逃走したのかしら。まったく、きちんと殺しなさいよね。仕事を増やさないでほしいわ」


 やぼったい一重瞼にそばかすが特徴的な女は、舌を鳴らしながら言った。

 好戦的。ヒステリー。そんな単語がカナの頭の中に浮かんだ。


「仕方ありませんね。取り敢えず九体を運びましょう」


 三組で九体をそれぞれ運ぶ。

 頭部を両手で持ち、袋に入れるまでの間ずっと顔を凝視した。

 頬骨が高く出ている男の顔はカナの好みではないけれど、何故か見ていたくなる。瞬きを忘れて男から視線を外せないでいると、リョウが袋のチャックを閉めた。

 男の顔を見ることができなくなると、カナは残念だなと思い、はっとする。

 何が残念なのだ。

 自分で抱いた感情だが、何故そんなことを思ったか分からない。

 リョウのことが好きなのだが、実は、本当の本当は、先程凝視していた死体の顔が好みなのか。そんなはずはない。綺麗な物が好きだ。美醜の分からない人間ではない。

 きっと物珍しかっただけだ。いつもリョウばかり見ているから、歪な顔に興味が沸いたのかもしれない。

 ちらっと隣に立つリョウの顔を見て、好きだなと思う。

 リョウの視線の先には、未だ死体を運んでいる二組がいた。

 死体の数が多い時は数組で取り扱うこととなっている。

 カナが組織で働くようになって今回で二度目だ。

 他の組の男たちとリョウを比較すつと、リョウの顔立ちは抜き出ているな。

 死体を運ぶ他の男を眺めながら、勝ったと内心ガッツポーズをしていた。

 運び終わるとすぐに立ち去るのかと思いきや、他の二組がリョウに話しかける。

 カナが前回の複数人で行った仕事では、皆素早く立ち去った。一般人に見られたくないからだ。

 他の二組というよりも、女二人がリョウに近寄る。


「リョウちゃん最近どう?」

「どう、とは」

「元気かってことよ。ほら、会うの久しぶりじゃん」

「体調に問題はありません」


 気怠そうな垂れ目女がリョウに馴れ馴れしく話しかけた。


「相変わらずのクソ真面目人間ね」


 そばかす女がそう言うが、返事をしないリョウに苛立ったのか「何か言いなさいよ」と整っていない顔を歪めた。


「はい」


 短く返事をしただけのリョウに、そばかす女は「ふん」とそっぽを向いた。

 話が途切れたためリョウは車のドアを開けようとするが、それよりも早く垂れ目女が「てかさー」と切り出した。


「この子、リョウちゃんの相方?」


 この子、とカナを親指で指す。

 犬でも指すかのような仕草にカナは、むっとした。

 その前に、お前は誰だ。

 相方なのか、と聞かなくても分かるはずだ。この場はそういう人間が集まっている。聞かずとも分かることである。それに、リョウに尋ねなくともカナにリョウの相方なのかを問えばいい。それなのに態々リョウに話しかける理由は、話したいからに他ならない。リョウと会話をしたい、リョウと関わりたい。そんな欲を持っている。

 リョウの容貌が良い故のことだ。

 カナもその気持ちがよく分かる。しかし、その様子を間近で見ると、気分は良くない。

 気安くリョウに話しかけるな。下心を持つな。

 独占欲が顔に出ていたのか、垂れ目女に「何よその顔」と指摘された。


「はぁ、あんた、リョウちゃんの相方になれたのは運が良かっただけなんだから、勘違いしないことね」

「勘違い?」

「リョウちゃんがあんたみたいな餓鬼を好きになるわけないんだから」

「何で急に恋愛の話になったんですか?」


 険悪な雰囲気を察した男が垂れ目女に「おい」と声をかけるが、聞こえないとばかりに話を進める。


「あんたが独占欲丸出しの顔で見てるからよ。あのね、リョウちゃんは凄い人なの。あんたが相方になれたのは、前の相方が死んだからよ。だからあんたが相方になれたのは偶然なの」

「それが、何か?」


 しれっとしているカナを、リョウはじっと見つめていた。

 素直、豊か。そうカナを評していたが、間違っていないようだ。

 応戦する瞳で見返している。



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