第6話
最近は仕事が少ない。
殺しが少ないと楽ができるので良いことである。
カナが所属する回収班は、呼び出されて出勤する日と特にあてもなく巡回する日がある。後者は、どこで死体が出来上がるか分からないので、いつでも駆けつけることができるようにぐるぐると車でエリア内を移動するのだが、頻度は高くない。
今日は呼び出しの日である。寝る時もトイレも常に携帯と共にあるのだが、殺しが少ないので一昨日と昨日は携帯が鳴らなかった。
今日の夕方になって漸くぴろんと可愛らしい音を立てた。
リョウとは同じアパートに住んでおり、部屋は隣同士である。すぐに出勤できるよう、パートナーは近隣に住むこととなっている。
カナが部屋を出ると同じタイミングでリョウも扉を開けて、鍵をかけていた。
夕方だというのに爽やかに立っている。
今日も顔が良いなとカナは大きく頷いた。
そんなカナの行動を怪訝な表情で一瞥した後、車に乗り込んだ。
暗くなりつつある景色を眺めながらも、カナは安全運転を心掛ける。
「そういえば、先日の写真ですが覚えていますか?」
「女が殺された現場の写真ですよね。化粧品が死体の周りに散らばっていた」
「えぇ。その件ですが、貴女のお陰で媒体の回収ができました」
「えぇ!?わ、私のお陰!?」
さらりと褒められ、カナは動揺してハンドルを動かしてしまう。
慌てて握り直し、白線から出ようとしていた車を元に戻す。
「安価の化粧品が一つだけ落ちたいたことを指摘してくれたでしょう」
「え、はい」
「あれがヒントとなり、犯人を特定することができました」
「あれが...?」
プチプラの化粧品が落ちていたことが、どう関係していたのだ。
脳内で推理のようなものをしてみるが、いかんせん足りない頭である。するだけ無駄だ。
「被害者の女性は血縁関係にある女児と親しかったことが分かりました」
女児。
カナは写真を見せてもらったあの日のことを思い出す。
安価なものを持っている理由として、子どもにプレゼントされたのではないかとリョウに話した。
まさにその化粧品は、女児がプレゼントしたものだった。
「なるほど、お小遣いを貯めてプレゼントしたんですかね。それで、その女児が殺人に関係してたんですか?」
「犯人はその女児の母親でした。被害者は派手な外見をしていましたので、このままでは女児に悪影響だと判断したのでしょう。女児は被害者から化粧やネイルを何度も施してもらったらしいので」
「へえ、それが犯行動機ですか」
「恐らく」
「恐らく?」
「媒体を回収後、すぐに殺されましたから。本当の犯行動機は不明です」
顔色を変えることなく淡々と話すリョウは、胸を痛めていない。
所属する組織の人間が殺しをした。そんな話を聞いて痛める心を二人は持ち合わせていない。
カナは、褒められたことで気分を良くし、でへっと変な声で笑った。
「それにしても、この組織は警察みたいですね。一般の殺人の調査までしているなんて」
「間違ってはいません。うちのデータが一般人の手に渡ったという情報は警察官として働いている組織の人間から得たらしいので」
「えっ、警官として潜ってる人がいるんですか…」
「うちは手広いですからね」
「マジですか。潜入班って絶対高給取りですよね」
「さぁ、そこまでは分かりません」
「でもそんな危険を冒してまで金を貰おうとは思いませんね」
「同感です」
組織の大きさに驚き、背筋を伸ばす。
やばいところに就職してしまった。
けれど楽なので、まあいいか。
畏怖は一瞬で終わり、楽観的に考える。
上司はいない、金は前職より貰える、身体を動かせる、同じ場所にいない。
殺人。違法。危険な臭いしかしない組織。それらに目を瞑れば普通の会社だ。
素敵な先輩と一緒に仕事ができて、これ以上良い職場はない。
転職をしようなどと、まったく考えられない。
「カナさん、現場はすぐ近くですが…」
「パトカーの音がしますね」
良い職場だ、と浸っていると窓の外からサイレンの音がする。
パトカーが鳴らす、ウーという音がどこから聞こえてくるのかミラーで確認する。
「後方のようですね」
「えー、まさかだったりします?」
「どうでしょう。もしそうだとすれば、先に回収したいところですが難しそうですね」
現場はここから近い。
もしパトカーの行き着く先が、自分たちと同じ場所であるならば気取られないようにしなければ。
しかしすぐそこにパトカーが迫っている上に、信号待ちで車は前に動かない。きっと先に到着してしまい、死体を横取りされるだろう。
そうなっては回収できない。
こういうケースは偶に起こる。仕方がないことなので、罰を受けることはない。
「先輩、どうしますか?」
「回り道をして向かってみましょう。もしパトカーが停まっていれば、引き上げます」
「はい」
死体を回収している最中でなくてよかった。
カナはほっと息を吐いた。
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