第5話
「じゃあその女が持っていたはずの媒体を回収しろって、情報部に言われたんですか?」
「そこまでは言われませんよ。それは情報部の仕事ですからね」
「じゃあなんで殺された女の写真を眺めてたんですか?」
自分たちの仕事は死体の回収であり、データの回収ではない。
「世間話のついでに、この女性を殺害した犯人が分かるかと聞かれましたので。現場の写真を頂き、暇つぶしにでもしようかと」
「暇つぶしって...。ていうか、情報部の人と仲良いんですね」
「えぇ。管理室で入力した情報は情報部が取り込み、疑義があれば連絡がきますから、よく会話はする方です」
「ふうん。そこから友達になったわけですか」
「友達ではありませんが、人脈は大切ですよ」
カナはまだ他部署に知り合いはいない。
二人一組で行動しており、新人ということもあって、連絡のやり取りはすべてリョウが行っている。カナはリョウの命令に従うだけだ。
「カナさんが来てから一か月が経ちますし、そろそろ本格的に仕事を教えなければなりませんね」
「私は今まで本格的にやってなかったんですか?」
「死体を車に乗せてラボに運ぶだけではただの雑用です」
「そ、そんな」
現状維持を希望したい。
がくりと肩を落とすカナを横目に、再度写真を眺める。
犯人が特定できるような痕跡はない。
この件を担当している情報部の彼は頭を抱え、藁にも縋る思いでリョウに写真を手渡した。力になってあげたい気持ちはあるのだが、これだけでは犯人なんて分からない。
「その女を殺した犯人、実はうちの暗殺班の仕業だったりして」
「いいえ、それはあり得ません。恐らくこの女性を殺害した誰かが、データを持って逃走したのでしょう。その理由は不明ですがね」
「ふうん。頭が良い先輩でも犯人までは分からないんですね」
「当然でしょう。僕は刑事でも探偵でもありません」
カナはリョウを高学歴だと確信している。
偏差値の高い高校を卒業後、国立大学に進学。そうに違いない。
きっと選択肢には公務員や医者など、たくさんあったはずだ。
そんな道を選んでいたら、カナはリョウと出会わなかったので、合法な職に就かなかったことに感謝している。
殺された女をじっと見つめるリョウの視線を外させたい。
いつまで眺めているのだ。
カナに見られてもいいと思っているのか、運転席に座るカナからも写真が見える位置にある。
信号が黄色になるとカナは横断歩道の前で停止し、不貞腐れた顔で写真の女を視界に入れる。目を見開いたままの女の横顔から、美しさは感じない。きっと正面から見ても不細工だろう。ふん、と小馬鹿にするように鼻を鳴らしていると、「ん?」と疑問を抱く声が出た。
「どうかしましたか?」
気になったリョウが問いかけると、カナは女の周りに散らかっている化粧品を見て、「んー?」と再度声を出す。
「この写真が、何か?」
「うーん、その写真に写ってる化粧品」
「化粧品?」
言われて化粧品を確認するが、男のリョウにはよく分からない。
たくさんの化粧品が床に落ちているが、何かおかしいのか。
「この化粧品だけプチプラで有名なやつですよ」
そう言って一つの化粧品を指でさす。
「プチプラ...?あぁ、安価なものということですか」
一瞬、きょとんと首を傾げたリョウが可愛らしく、カナは悶えた。
もう一回プチプラと言ってみてほしい。
「これだけが安価なものと…」
言われてみると、他の化粧品に比べてパッケージはどこか子どもっぽい。
「それがどうかしましたか?」
「他は全部高くて有名なブランドなのに、一つだけ安いものを持つって変じゃないですか?デパコスとプチプラの両方を持つ人はいますけど、一つだけプチプラなんて変ですよ。どんだけこの安い化粧品に思入れがあるんですかね?」
「安価なので色を試しやすかったのでは?」
「試すっていっても、このアイシャドウ、どこにでもある無難な色ですよ。ほら、こっちに落ちてるアイシャドウも、似たような色じゃないですか」
落ちた拍子に開いたのか、色が丸見えになっているアイシャドウを指す。
「では、どんな時に一つだけ安価な化粧品を買いますか?」
「えー、デパコスを普段使いしている中で態々プチプラ一つだけってなかなか買わないから、その化粧品にめちゃくちゃ思入れがあったり、大事な人から貰ったものとか?まあ、安い化粧品をプレゼントする人なんていませんけど。うーん、あ、子どもがプレンゼントしてくれたとか」
「ふむ、貰う理由はあっても買う理由はないということですか」
「犯人が落としていったものですかね。何かを隠すためにわざと現場に残した!」
名推理だ。
何を隠すためかは想像力が乏しいため閃かないが、何かの痕跡を消したかったのではないか。つまり、犯人は殺害時にアイシャドウを持っていた女だ。いや待てよ、何かを隠そうと事前に計画していたなら、女が犯人とは限らない。男だって事前にアイシャドウくらい用意できる。
頭を使うのは苦手だ。
やめだやめだ。こんなことを考えるのは仕事の範囲外だし、何も得しない。
それに化粧品が事件に関わっているとは限らない。
恋する乙女に化粧品は必須であり、カナはほぼ毎日化粧で顔を飾っている。写真を見てつい、化粧品に目がいってしまった。
カナはただ思ったことを言っただけだが、リョウの役に立てそうになく肩を落とした。
「子どものプレンゼント。なるほど、もしかしたら」
ふっと笑い、すべてが分かったような顔をして携帯を触るリョウは、やはり高学歴なのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます