第4話
回収班は、他の部署に比べて人が多い。死体を回収して保管するだけの仕事なので誰にでもできるから、人を採用しやすい。その代わり、他部署に比べて給料は低い。手際がよく、上に使える人間として認定されれば他部署と同等かそれ以上の給料なのだろう。前職より給料が良いので今のままで文句はない。仕事内容と給料を秤にかけても釣り合うか給料が重いくらいだ。
しかし、リョウはどうだろう。
カナは運転中、助手席で写真を見つめているリョウを盗み見する。
その手に持っている写真は、恐らく業務外だと察する。他部署から面倒な仕事を頼まれたか、或いはリョウが回収の仕事を積極的に行っているか。写真を見て考え込むなんてことはマニュアルに書いてなかったはずだから、恐らく前者だ。
一体何の写真を見ているのかと覗き込みたくなるが、角度が悪くてよく見えない。
女の写真じゃないだろうな。もしそうだとしたら許せない。どんな女の写真を見ているのか。好みの女なのか。その女を見てどういう感情を抱いているのか。可愛いな、綺麗だな、良い女だな、そんなことを考えているのなら今すぐにでも車を大破させる。
何とか見えないだろうかと、体勢を変えながら写真を見ようとする。
そして見えた。
リョウは顔の近くで持っていた写真に目を向けることをやめ、写真を膝に置いた瞬間、カナの視界に飛び込んだ写真。
寝ている女の写真だった。
「ちょっと!どういうことですか!?浮気なんて許しませんよ先輩!」
「は?」
静かだった車内に、カナの怒声が響く。
急に大声を出され、リョウはびくっと反応した。
「その写真誰ですか!?どこの女ですか!」
一瞬何のことか分からなかったが、すぐに頭を回転させてカナの言いたいことを理解した。
呆れてため息が出る。
「運転中の余所見は感心しませんね」
「それ誰ですか。同僚ですか、他部署ですか、それとも一般人ですか。まさか彼女?私という存在がいながら彼女をこっそり作ってたんですか?」
私という存在がいながら、という部分を突っ込んで聞きたいが面倒なので無視をする。
再度ため息を吐き、仕方がないので説明する。
「情報部から貰った写真ですよ」
「情報部から女を紹介されたってことですか?」
「最後まで聞きなさい」
まるで浮気を疑う彼女のようだ。
「先日、管理室で僕が操作したのを覚えていますか?」
「安置室の三番と二十一番が気になってた件ですか?」
「はい。その二体は共に銀行強盗を行った男性たちです。同じタイミングで安置室から引き抜かれていたのが気になっていたので、情報部の人間に聞いてみたんです」
一緒に銀行強盗していた二体が安置室から消えていたので気になった。その話を聞いて、カナはリョウの記憶力に震えた。
まさか安置室にある死体すべての情報が頭に入っているのか。入れ替わりが激しい安置室の中をきちんと把握しているのか。恐るべしできる男、恐るべし美形。
「どうやら銀行強盗を企て実行したのはその二体に加え、もう一人いたようでした」
「へえ...?」
話が見えてこないが、取り敢えずリョウの話を最後まで聞く。
「そのもう一人というのが、この写真に写っている女性です」
赤信号で止まると、リョウは写真をカナに見せた。
寝ているように見えた女性は殺されて倒れ込んでいる姿だった。
長い髪を床に広げ、頭部を殴られ出血している。
「それが先輩の仕事とどう関係があるんですか?偶然強盗犯の死体が二体、安置室から引き抜かれて、その二体の仲間である女性が殺された。私たちに関係ないですよね?」
「我々の仕事には関係ありません」
「なら、放っておきましょうよ」
「僕が個人的に気になったことを、情報部が教えてくれたわけですが、どうやら込み入った事情があるようです」
「事情?」
余計な仕事を請け負って、リョウの仕事が増えることを危惧しているカナは眉間にしわを寄せる。
事情も何も、こちらには関係のない話だ。
やらなくていいものはやらない。関係ないことは関わらない。その方が楽に決まっている。
リョウは優しさを持ちすぎている。他部署からの依頼なんて跳ねのけてしまえばいい。給料が上がるわけではないのに、関係ないことに首を突っ込まなくていい。
そんな思いがあり、カナは不機嫌を隠すことなくリョウの話に耳を傾ける。
「どうやらこの女性、組織の情報が入ったデータを持っているようでして、しかもその媒体が家から消えたようなんです」
「情報?媒体?なんでただの女がそんなもん持ってるんですか」
「あの二体のうち一体が組織に関わっていた男で、恋仲であったこの女性にデータを渡していたようです」
信号が青に変わったのでカナはアクセルを踏んだ。
一緒に銀行強盗を行った恋人に犯罪組織のデータを渡す。どんな神経をしているのだその男。その恋人が組織に殺される可能性だってあるのに。
「そのデータを所持していることが見つかれば自分が死んでしまいますからね。恋人の身よりも己が大切だったのでしょう」
カナの心を読んだかのようにリョウは言う。
結局人は自分が可愛いのだ。好きだ、愛しているなどと口にしたところで自分を一番好きだし愛している。恋人は所詮恋人。優先順位は自分よりも低いということだ。
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