第3話

 ラボの外観は丸く、洒落た形をしている。こんな目立つ形の建物でいいものかと思ったが、周辺に他の建物はないし、今までも外部の人間に不審に思われたことがないようなので、まあいいのだろう。カナはこの外観が気になるが、この外観に関してリョウは何も言わない。「そうですか」と興味なさげにしていた。

 死体専用の代車に乗せて運び、ラボの中へ入る。

 厳重なセキュリティは、これに一体いくらかけたんだと言いたくなる。ロックが何重にもかかっており、長いパスワードを入力したりサインを書いたり、色々と手間がかかる。


「サインって必要なんですかね?指紋認証もあるんだから、それだけでいいと思いません?」

「それだけ組織にとって大切な場所だということです。サインは筆跡で本人かどうかを確認するためでしょう」

「えー、不要だと思うけどなぁ。まあ先輩が言うのならそうなんでしょうけど」


 ラボの中は迷路のようで、カナはまだ慣れない。

 上下左右、どこも白一色であるためどこを通って来たかなど覚えきれない。同じ景色が続くとこうも不便なのかと何度も心の中で愚痴った。

 死体管理室に入り、二体の情報を入力した後、扉を開けて奥にある安置室へ進む。

 天井は高く、一定の間隔を空けて四角い引き出しが取り付けられている。一番上は当然届くはずもない。

 カナは入力作業を行うためパネルの前に立ち、空いている保管場所を探す。


「三番と二十一番が空いているので入れておきますね」

「分かりました」


 若い番号順に死体を入れていくのだが、三番と二十一番が抜けていた。恐らくこの二つに入っていた死体を必要になった誰かが持ち出したのだろう。誰が持ち出したかには興味がないので態々履歴を見て調べることはしない。

 パネルを操作し、その二つを選択すると棺桶のような長い引き出しが一番下まで降りて来る。

 二人で死体を一体ずつその中に入れて、またパネルを操作すると元あった場所に収まる。


「納骨堂みたいですよね」

「骨の代わりに死体が入っているだけですから、同じようなものです」


 カナが先程まで操作していたパネルの前に立ち、リョウは何か気になることがあったのか指で操作し始めた。

 何か失敗でもしただろうか、と不安になりカナは覗き込む。


「すみません、何かミスでもしてました?」

「いいえ。僕が気になっただけなので」

「何がです?」

「空いていた場所が、です」


 リョウの手元を見ると、履歴を確認していた。

 パネルでは誰がいつ、何の目的で取り出したのかだけが載っている。これ以上の詳細は管理室で確認するしかない。

 リョウはパネルから指を離した後、管理室へ向かった。

 カナはよく分からないままリョウの後を追う。

 管理室で詳細な履歴を確認するため、難しい操作をするリョウを見て恰好いいなと惚れ惚れする。カナが管理室でできる操作は、死体を収めるためのものくらいだがリョウは色々とできるようで、モニターはパッパッパと切り替わっていく。

 やはりできる男だ。歳はカナと大きく離れていないが、死体回収なんて地味な仕事をさせておくには惜しい人材だ。

 目当ての情報が映し出さされ、リョウはじっとモニターを見つめている。

 カナも一緒になってモニターを見る。

 二体の写真がそれぞれ数枚重なり合い、角度の違う写真一枚一枚をリョウはチェックしていく。

 必要な情報は得ることができたのか、すべて画面から消してくるりとカナの方を向いた。


「それでは、帰りましょうか」

「はい」


 リョウの隣を歩いてラボから出て、送迎してもらうため助手席に乗り込んだ。


「さっきの、何だったんですか?」

「二つ、空いていたでしょう」

「死体の保管場所ですよね。三番と二十一番」

「はい。誰が何のためにどういう死体を取り出したのか調べていました」


 リョウがアクセルを踏み、ラボの駐車場を抜けて山道を下る。


「もしかして、毎回そんなことをするんですか?」

「いえ、そういう決まりはありませんが、気になりましたので」

「ふうん。長年の勘ってやつです?」

「長年、という程勤めていませんが、そのような感じですね」


 ただ死体を回収して保管するまでが仕事だと思っていたが、それだけではないのか。慣れていくと履歴の確認をする程気になるようになるのか。

 カナは今の仕事内容を存外悪くないと思っているので、これ以上面倒な作業はしたくない。死体を運び、収める。これをするだけで前職より少しばかり高い給料が入るし、身体を動かせるので気に入っているが一か月後にはもしかしたらリョウに指示され、面倒なことまでしているのではないか。と考えて、リョウが一緒ならそれでもいいかと一瞬で悩みが吹っ飛んだ。

 リョウ以外の人間と二人三脚で仕事をするのなら絶対にマニュアル以外のことはしない。余計な仕事はしたくない。リョウが一緒ならその余計な仕事でも何でもあげよう。

 恋はいつだってすべての源なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る